先月末日、町田は都内唯一だったレーシングパラダイスが廃業となった。
しかし、スロットカーマニアの遊び場が全てなくなった訳じゃない。
埼玉には本年6月<CederLakeGP>が開催されたサーキットは健在だし、
また 神奈川は大和にも貸切レース可能なサーキットがある。
そして藤沢から江ノ電5分 ”鵠沼(くげぬま)”にも.. 平常心を失う必要はない。
↑ クラブマンサーキットながら素晴らしくコンペヂティブな埼玉のコース
唯、桶川はプライベートコース、大和は32規格ベース、クゲヌマはCarrera製プラコース、いずれも一般営業で連面と続いた60sモノとは少々趣が異なる。
...などとゼイタクは言ってられない。服が合わなきゃ体を合わせるのが60s根性、
そして、それぞれの特色を楽しむのもオツな事。
例えば、ここ”ガレージハウスくげぬま”はクルマを競わせるだけが楽しみではない。
ハーフタイムのホッと一息、コーヒーブレイクでリラックスできるのは、今まで他の営業サーキットではなかったこと。
否、60s年代の ”ナガシマサーキット” は喫茶店内にコース設営されたものだった。
また ”原宿サーキット” はオーナー(♀)の趣味でスナックカウンターがあり(私自身は行ったこと無いが)技術出版社”模型と工作” によれば ”落着いた山手のサロンらしい雰囲気を持ったサーキット” だったとのこと。
そういえば、2000年代初頭まであった ”OLD LOCO RACING CIRCUIT & SHOP” は原宿サーキットのような明るい窓際のティースペースこそないが、コースのコントロールBOX背後のカウンターはコンシェルジュがいて、コントローラーやパーツ、レンタカー等が置かれていて、同じ敷地内のボウリング場に通ずるマニアックな雰囲気も捨てがたいものだった。
”ガレージハウスくげぬま” はその ”ガレージハウス”の名の通り、天井の低いガレージ内にコースが設置されている。
初期の仮面ライダーを観た方ならご理解いただけるだろうが、窓がなく低い天井もショッカーの秘密基地みたいな閉鎖された独特のメンズクラブ的雰囲気だ。
勿論 メンズクラブと言っても、女人・子供禁制という訳ではない。
4月に伺った際、若い母親に連れられやってきた小学生”タカちゃん”に会えた。
自分も小学生の頃、赤坂テアトル、白金レースウェイ、東京タワーなど母が連れて行ってくれた頃を思い出し、現実を目の当たりにして何て素敵なことと感慨深かったが、今回もまた会えた。
↑ タカちゃんは、60sマニアのシニアにとってアイドル的存在。
いつも32クラスを楽しんでるそうだが、本レース後、我がフォードGTのドライブにトライ。
速くて面白イ~! と楽しめたようでヨカッタ。
↑ リヤのシリコンタイヤ以外は全て60年前の当時モノ、ボディはアオシマ製レーシング用、
モデルホビース製ガイドシュー、宮澤模型製ベベルギヤ、青柳製横ネジ式シャフトにつけた科学教材社製の中抜き鋳物”スピードホイル”。
今日でもパワフルな36Dながらハイギヤードなベベルは加速も少々鈍いが、
タカちゃんは若さゆえかブラインドのアンダーパスへの突込みなど、誰よりも速い。
昔の二輪GP、金谷選手だったか片山選手だったか忘れたが、”みんなスロットルを緩める路面のウェットパッチに、最初に躊躇しないで彼は飛び込んでいく” と言われたジョニー・チェコットを思い出してしまった。(その話の続き.. ”それで大丈夫と分かって皆んなマネするんだ” )
さて、本日のメインは ”MINT GP” カテゴリー ”DINO166 ”クラス。
ボディは長谷川模型オリジナル、シャーシはミントホビーが販売するタミヤレプリ。
勿論、コースに合わせたセッティングは不可欠で、通常のミントと違うのはタイヤ。
一般的な営業サーキットのウッドコースでなく、”ガレージハウスくげぬま”は Carrera 製プラ路面。
↑ コース全景(前回フォト) レイアウトは左ターン540°右ターン360°、
1周当りインコース(4~6レーン)はアウトコース(1~3レーン)より半廻りアドバンテージ。
スポンジタイヤやブラックマジックは厳禁、シリコンタイヤ限定なのだ。
そして、電圧は15Vと高め(レーシングパラダイスでのレースは、例えばREDLINE等10~10.5Vで行っていた)ながら電流は多くないのが、ディノ用のFT16Dは使用範囲。
例えば、マブチFT26Dや270S、ハイチューンのクリヤカー等は向かない。
前回、往年のクリヤカーをシリコンタイヤに履着かえ持込んだSB氏が、”あんまし走んねえよ~”と仰せになった通り、ここでは軽量ハイパワー低重心のスーパースロットより電気を喰わないモーターを載せたテイスティなプラボディ車が似合う。
勿論、ストレートが短くディノ166でも全開に出来るのは一瞬だから、私はタイヤ履き替えと同時にギヤ比も変更した。
今迄の(レーシングパラダイス仕様から)ピニオン(ドライブ側)を1t減らし、クラウン(ドリブン側)ギヤは逆に増やすこととした。
↑ ピニオン入換の際、径の違う34t36tどちらも合う位置に設定。
だがそれでも、実走したら足りずファーストカーを使ったのは1.5ヒートだけ。
(∵ヒート中途でTカーに交換)
↑ Tカーは、さらにローギヤリングの40t!骨董品60s当時モノ真鍮製大径クラウンギヤ
また、ファーストカーはコースツナギ目で擦過音が発生したが、Tカーでは全く問題なく、ギヤ比の適性もあって、 結局はスペアTカーばかり走らせた。
上右フォトの通り、私が使っているモーターマウントは下部に出っ張るオリジナルでなくフラットボトムのカスタム、ロードクリアランスは余裕の2.4㎜。
つまり、走行時異音はガイドシューによるものだった。
ガイドシュー底部は事前に削ってきたのだが、2台で若干違うのだ。
そのチューニングはUS氏のアドバイスによるもので、レーシングパラダイス(=バンプロ製コース)よりもカレラ製コースはスロット=溝穴が浅いゆえだ。
その深さは6㎜。編線ブラシ厚を考慮し、Tカーを6.5㎜、ファーストカーは少し攻めて7㎜とした事と先端のRも足らなかったが異音の原因だろう。
↑ 昔からの連盟規格”ピックアップシュー深さ5㎜”とは、それ自体の長さではない。
勘違いされていた方も多いが、その検査方法は車検板の6㎜スリットにガイド先端を入れて、
それで前輪が浮かなければ6㎜でも7㎜でもOK。
日本的ルール(Eg.バッファのある取締りetc.)みたいな本音6㎜建前5㎜という訳ではないのだ。
逆説的に言えば、車検板上で前輪が接地しない場合は突出しすぎでNG、という理屈。
実質のブラシ厚を考慮できないゆえのプラクティカルな運用ルールだったのだ。
一見、前輪不用に思えるウィングカーにも接地し廻る前輪の存在を求めるルーツなのだろう。
※スリット (昔はスロットカーでなくモデルレーシングカー、溝はスリットと呼ばれていた)
勿論、突き出しが短くても位置が悪いとタイヤは接地しないから3点の調整が肝要。
また、タイヤ接地に余裕があり過ぎると編線ブラシの接触トラブルの原因にもなる。
即ち面圧が下がり給電不足となるので、今回その調整はガムテでアジャストした。
↑ (左)コレクター平面の底とブラシの間にガムテを貼って調整
(右)-左 FJ氏のオール長谷川製ディノ、
(右)-右 SZ氏のミントGPレース用は長谷川ボディ+タミヤA型レプリシャーシ
(右) FJ氏のオール長谷川製、オリジナルディノ、ギヤもスチール製
(左) SZ氏のミント仕様、左右のバラストはプラフィット製スチール板、プラギヤ使用
なみに、60s後半~70s前半、白金レースウェイで走らせていたガイド凸部を測ると、5.9~6.2㎜。
ブラシ除く全長で6.8~7.0㎜(当時の編線ブラシは現在のより厚い)だった。
ボトムを削るのが当時流行ったのは実際に速くなるからで、率直なハナシ、最初の頃は当時速かった田沼さんや北村さん、大野君や古澤君を単にマネしたのだが、少しづつ削るとスピードUPが実感できたのを覚えている。
白金のコースは滑りを良くするようスリット左右にベークチャンネルを貼り付けていたが、ボトムにはない。それが底を削ると(抵抗が減り)スピードUPしたのだろう。
またその状態で前輪が接地し、ガイドが上下動しないまま路面の凹凸で前輪が約1㎜上下動する。
つまり僅かだが前輪とガイドは相対的にフローティングマウント、路面からの振動を減衰させることになる。
↑ (左) ヒート2、センターが空いているのはFJ氏がリタイヤしたため
(右) 最終ヒート6のスタート、私は運よく1位でフィニッシュ
レースの方は、コースアウトしたらノーポイントの着順合計。
自分は2ヒートトップゴール、2ヒートリタイヤのトータル3位。
1位はトップフィニッシュ4回のSB氏、2位は全完走ノンリタイヤのUS氏。
最後の頃にはコントロールBOX先のヘアピンにオーバースピードでねじ込んで、
ドリフト状態で通過させられるようになった。
たとえそうしても、次のストレートで蛇行したりのロスが出る訳じゃなくタイムも短縮できるようだ。
全開区間はわずかなショートコース、レーンコンディションも今一つだったが、
それなりに攻めた走りもでき楽しめた。
さあ、次の転戦先となるのは 翔(と)んで埼玉だ!















