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ジジイのトラベルページ

還暦を過ぎたジジイが一人旅で世界を巡るブログ始めました。

ウズベキスタン5日目

古都ブハラ2日目。
今日のブハラはスケジュール上フリー。この旅行は特殊な地域に行くため、ガイドが全行程スルーになっている、フリーの日でもガイドが同行するシステムになっている。ガイドは同行するだけでいわゆる観光ガイドはしない。今日は特にいきさきも決めてなかったので、地球の歩き方に載ってるチョル・バクルと言う“死者の町”にある大墓地に行ってからブラブラホテルまで裏道を散策することに。ここはガイドのコミルさんも行った事が無いと言う。
朝、9:30分にホテルのロビーで待ち合わせ。広場でタクシーと値段交渉。10、000スムを7、000スムに値切って交渉成立。でもなんか高い気がする。
しばらく走るが、”歩き方“に載ってる場所からどんどん離れて行く。コミルさんとmapを睨めっこしてドライバーに聞いてみると道は合ってるらしい。コミルさん曰く「ガイドブックにはこっち方面と表記してあるのでは?」タクシーは結構な距離を走りチョル・バクルに到着。
やっぱり10、000スム(140円)が妥当な値段だったみたい。

到着したチョル・バクル
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死者の町と言うだけに人気が無い。観光客は皆無。
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孔雀が放し飼いにされてた。
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奥に進むと
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暮石。ウズベキスタンでは今でも100%土葬なんだと。(これは15世紀頃のものだけど)
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巨大なモスクもあった。
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近くに居た管理人さん?みたいな人がモスクの中に入れてくれて。イスラムのお経まであげてくれた。余程暇だったのだろうか?毎週金曜日になると敷地内は人でいっぱいになるそうな。イスラムでは金曜日は特別な曜日らしい。

モスクの修復中。
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1時間位見て回り、散策終了。1、000スムのドネーシャ(寄付)しといた。そんな気持ちになる静かな霊廟。コミルさんも初めて来る場所だったんだけど気に入ったようで「観光コースに入れよう」って言ってた。

人気の無い村の中にあるので当然タクシーは無く、メイン道路まで歩く事に。しばらく歩くとタイミングよくタクシーが通りかかったので裏道のスタート地点のバザールまでの値段交渉。4、000ムス(54円)勿論、即決。

昨日来たバザールからgooglemapを頼りにブラブラ出発。
地元の生活市場。食料品から雑貨まで何でも揃う巨大ショッピングモール。日本から持って来るのを忘れた爪切りをget。
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裏道散策開始、地元の生活道路。
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路地裏道、ども通りも建物は質素だが綺麗に掃除されている。ゴミなど落ちていない。
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地元の子供達
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1時間程でホテル近くの広場に到着。
昼飯時なので近くのレストランでランチ。サラダとパンは必ず付いて来る。今日はプラフ。
プラフは要するにピラフ。炊き込みご飯に近い炒めたご飯に色んな味付けの種類がある。日本的な味付けで飽きない。ただ、量が多過ぎる。
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ランチ終了が2:30分頃で、今日はこれで日程終了。
長旅で疲れてたので、1時間程昼寝。溜まっているブログを書いてup、wifiが遅いので結構時間が掛かる。

明日はブハラを朝1番に出発してキジルクム砂漠を縦走して行きたかったヒヴァへ470kmを7~8時間掛けて移動予定。


ウズベキスタン4日目

マルカンドから新幹線で古都ブハラへ

今日はサマルカンドから新幹線アフラシャブ号でブハラへ移動。ホテルのロビーで8:15分に新しいガイドのコミルさん(33歳男性)と合流。コミルさんは日本語ペラペラ。2007年から2016年まで日本で暮らしていたとの事。国士舘大学を卒業してしばらく日本で仕事をしていたらしい。アクマラルさんの几帳面かつ用心深い性格に閉口していたのでプロの男性ガイドで日本に9年間も住んでいたとの事で一安心。

ホテルをチェックアウトしてサマルカンド駅へ。15分程で到着。ウズベキスタンでは鉄道の駅でも保安検査がある。保安検査といっても荷物の中身を調べる訳でも無く、
荷物と人を別々にx線検査機に通すだけ。ブザーがなっても気に掛けない。何の為にやっているのか形式的なセレモニーみたい。

保安検査風景。コミルさんに撮っても良い?と聞くと「大丈夫だよ」マラルとは大違い。
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約1時間待って、乗車。いざブハラへ。
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ブハラ駅 到着。
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ブハラ駅外観。いかにも旧ソ連的な建物。
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ホテルのチェックインまで少し時間があるので、ランチへ。
メインはロールキャベツとやさいの煮物。日本的な味付けで美味。
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レストランの屋上から。
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ランチ後、ホテルにチェックイン。
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シングルベッドのコンパクトな部屋。
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バスタブがあった。しかも栓まである。久し振りにに湯船につかれる。
バスタブの栓でこんなに感激するとは!
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このホテルは遅いながらもwifiの感度が良いのでブログがup出来そう。
サマルカンドのホテルは酷かった。
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チェックイン後、おきまりの市内観光へ。ボラハウス・モスク
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アルク城
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城壁の黒い点々はデザインではなく、太い丸太が刺さってる。壁の強度を増す為らしい。
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イスマイール・サーマー廟(と思う)
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この後も観光は興味無いながら、旅行に観光は付き物と諦めて結構見て回った。
写真はきりがないのでこの辺で以後、割愛。

この後、夕食を済ませてホテルへ。この日は疲れもあって10時ごろには就寝。
明日はフリーでブハラブラブラ。ガイドのコミルさんに裏道散策を提案すると、自分も勉強になるので大賛成ですとの事。明日が楽しみ!


ウズベキスタン3日目

青の都サマルカンド2日目。
今日はスケジュール上はフリーの1日。この旅行は観光地以外に日本人は誰も行かないと言う地域が含まれているので全行程スルーガイドでないと無理と言われていたのでフリーの日もガイドが同行する。
ガイドは。同行するだけで基本的にはガイドはしなくてもいいことになっているらしい。勿論、ランチ・ディナーも含まれていない。

フリーでぶらぶらする予定だったんだけど、几帳面かつ用心深い(アク)マラル・・・・マラルがニックネームといっていたのでマラルって呼んでいた。そのマラルとホテルのロビーで9:30分に合流。取り敢えず昨日回れなかったシャーヒ・ジンダ廟群と古代天文台跡へ行ってから裏道をブラついて帰って来る事に。
フリーなのでドライバーのいないのでタクシーでシャーヒ・ジンダ廟群へ。

シャーヒ・ジンダ廟。広大な15世紀時代の王族の霊廟。
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中に入ると。
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と、こんな感じ。全てが大きく圧倒される感じ。約1時間位見せて貰うともうどこを見てもどれを見ても同じでただ見てるだけーって感覚になる。基本的に観光は向いてない性格らしい。
次に、古代天文台へ。
ティムール王の弟が研究したという天文台。興味も見る気も写真を撮る気持にもならず早々に退散。
なので写真は無し。無理やり観光名所に立派にした感じがする。

ここでガイドのマラルのガイドネタは尽きた。「これからどうします?」ってきいてくるので地球の歩き方に載ってる絨毯工場がちかくにあったのでタクシーで移動。

お姉さん達が一生懸命絨毯を織っていた。細かい作業メチャ速い。
大きいのだと2年位掛かるそうな。値段を聞いて見たら1,500,000円から2,000,000位だと。
目の保養だけさせて貰って早々に退散。
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再びマラル「これからどうします?」「もう帰れ」とも言えず、「ここから裏道をぶらぶらレギスタン広場まで歩くよ」っていったら「みちも分からないし知らない道は怖いです」「じゃもう帰れ」とも言えずipadのマップを見せ無理やり歩き出す。マップを頼りに裏道をテクテク。途中で子供達が手を振っているので近づこうとしたら「行かないで下さい」「なんで?」「よその子供だから親が出てきたら困ります」「・・・・・・・・」「どっか行け」って言いたいのをグッと我慢して1時間ちょっとで裏道をレギスタン広場へ到着。不思議なことに何枚か撮った写真が真っ白で何も写って無かった。多分、ファンクションダイヤルがズレていたんだと思うが、マラルが超能力で妨害したのかも?

丁度昼飯時なので近くの食堂へ。
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食後、近くのバザールへ。入り口で狼の牙を売ってたおばちゃん。1000ムス(14円)だよって言ってたけどどう見ても綺麗な歯で狼の牙じゃない。パス!
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地元の人が買いに来る市場。
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現役で働くロバ。
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3時ちかくになって、マラルが今日中にタシュケントに帰るという事になっていたのでそろそろそろホテルに戻る事に。マラルはタクシーでタシュケントまで帰ると言う。???何で鉄道で帰らなのかと聞くと「もう電車は無いので自費でタクシーで帰る」だと。新幹線で2時間強掛かる距離をタクシーで帰ると幾ら掛かるのか?「電車は無いし、バスは怖いし、タクシーしか方法が無い」「・・・・・・」好きにして。てな事でアクマラルさんとホテルの前でお別れ。

夕食は持ってきたカップ麺で済まそうとフロントで湯沸かしポットを借りてお湯を沸かし作ろうして気がついた。箸が無い。スプーンも無い。フロントでスプーンを貸してとも言いにくい。仕方がないので教えて貰ってたちかくのレストランへ。行ってビックリ長蛇の待ち行列。とてもお一人様で入れる雰囲気じゃない。仕方ないので別のレストランへ怪しい雰囲気を醸し出していたけど空腹には勝てず。入るとどうやらロシア系の店みたい。英語が全く通じない。メニューはあるかと身振り手振りで聞くと無いと言う。「プラフはあるか?」「ノー、ケバブならある」みたいなやり取り。こりゃダメだと他のレストランをさがすが、旅行者でお一人様で入れてくれそうな店がなく近くにバーガーショップがあったのでテイクアウトにして近くのスーパーでジュースを買って豪華なディナーで本日終了。

明日から最終日まで新しいガイドに変わる。9:40分の新幹線アフラシャブ号でブハラという町に移動するのでホテルのロビーで8:15分に待ち合わせの予定。就寝。

ウズベキスタン2日目
タシュケントのホテル・ウズベキスタン5:00分起床朝食を済ませ、ロビーで6:30分にガイドのアクマラルさんと合流。アクマラルさんは大学で日本語を勉強して現在、大学院の一年生。日本の留学経験は無く、日本語は上手だけれど難しい言い回しは無理。教室の中で覚えた日本語と言う感じ。英語と日本語を半々で会話。8:00発サマルカンド行きのスペイン製の新幹線アフラシャブ号で青の都サマルカンドへ移動して1日純粋な観光予定。

8:00分発なのにタシュケント駅に6:45分に到着。(ホテルから15分位)
なんで?と聞くと「混んでるかもしれないから」。この後も彼女の用心深さに閉口させられることになる!
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出発まで1時間と少し待ちいよいよ乗車。
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アフラシャブ号は2年前に導入されたスペイン製。
在来線を走る狭軌(線路の幅が狭い)のため、2列×2列の社内は結構狭い。京阪電車より少し広い感じ。スピードも在来線を走るため結構遅め、時速100km/hくらいの感じか。結構揺れる。
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10:10分サマルカンド駅 到着。
到着時に写真を撮るのを忘れた。この写真は2日後ブハラに移動する時に撮ったもの。
この日はこの地方では珍しく時々ぱらっと降る曇天。
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ホテル行く途中でお決まりの現地simをget。
チェックインしてランチへ。
ホテルの外観。(これも翌日撮ったもの) ホテル・ウズベキスタンとはかなり感じが違う。観光地のホテルって感じ。
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シングルベッドのコンパクトな部屋。
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バスタブは無く、シャワーのみ。ドリンクセットなど無く最低限度、泊まるだけのセッティング。
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この部屋は2階の一番奥。wifiのルーターが1階ロビーに一つあるだけで部屋に入るとwifiマークが完全に消える。getした現地simもトロトロで危なっかしい。ブログの写真一枚アップするのに30分位かかる。
SMSのアップはロビー以外では無理。
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なにわともあれチェックインを済ませて、青の都サマルカンド観光へ。
例によって名所旧跡に殆ど興味がないので連れていかれるまま。しかし青の都と言われるだけにモスクや霊廟は威厳があり見応え十分。

クリアミール廟(たぶん)
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クリアミール廟からレギスタン広場へ移動。
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中央アジア最大規模のモスク、ヒビハニム・モスク
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広場では何組も結婚式をやっていた。
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モスクの入り口の模様。虎と太陽(人の顔部分)がお札の絵柄になっている。
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側にいた女の子にガイドが「200ソム(2.8円)を持ってたら見せて」と写真を撮らせてもらう。
そしたらそれを見ていた警察官がよってきて「あげるよ」って200ソム紙幣をくれた。どんだけ親切なポリスなん!!
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巨大なミナレット。ミナレットとは高い「塔」の事。遠くからでもミナレットは何処からでも見える。
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どこを見てもどれを見ても同じような建物群で、ガイドさんの説明が右から左に抜けて殆ど記憶に残らない。熱心に聞くフリで頭はディナーに行ってる。

ガイドのアクマラルさんと。
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去年も買ったテーブルクロス。絹の刺繍が綺麗な「スザ二」壁掛けタペストリーやテーブルクロスに使う。物凄く高かったので銀行まで行ってドルをキャッシングしてget。完全な衝動買い。後日行ったブハラの製造ファクトリーで同じようなスザ二が2/3くらいの値段で落ち込む。

このオバちゃんのセールストークにやられた!
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ようやく観光から解放されて夕食のレストランへ。
メニューはサラダ・パン・ダイコンとパプリカの炒め物・スープ。メインは苦手な鶏肉のクリーム煮。
ウズベクのビールで流し込んだ。でも意外と旨かったので完食。甘すぎるデザートを頂いてこの日のスケジュールは終了。
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ウズベキスタン1日目

 関空を回避して成田空港から仁川空港経由でウズベキスタンの首都タシュケントへgo

2018年9月19(水)関空から仁川経由でタシュケントに到着・・・・・予定でしたが・・・・
なんと、9月4日の大型台風21号で関空がとんでもない被害を受け国際線が閉鎖されることに!
A滑走路と空港ビルが冠水、復旧のメドたたずって状況。

出国まで約2週間あるとは言え、空港連絡橋は壊れたままだし、空港設備は水浸しで一部施設の停電の復旧の見通しが立たない状況では直前まで行けるかどうか判らない。
欠航が決まってからホテル・ガイドのキャンセルでは間に合わない、ややこしい。
急遽、当初のチケットをキャンセルして成田発便を取り直し\75,000.-。-プラス新幹線と成田までの在来線往復運賃を合わせると約\100,000.-の追加出費。天災には勝てず!


       えらいことになってる!!!



       連絡橋もえらいことになってる!!!


ともあれ、何とか代替チケットを確保。
9月19日 京阪香里園駅を5:40分の急行、京都駅7:12分発のこだまで品川駅で成田エクスプレスに乗り換え9:50分発成田空港第1ターミナル駅着10:58分で余裕のカウンター到着。

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ここでEチケットを受け取りアシアナのカウンターでチェックイン完了この時点で12:20分、いつもながら結構時間が掛る。BoardingTimeは13:00分で余り時間がないけれど暫くラーメンは食えないので急いでラーメン屋へ、ここも結構混んでる。なんとかかきこみ保安検査→イミグレを通貨して43番ゲートへ。ほどなく離陸、約2:30分で2年振りの仁川空港へ到着。

仁川空港(インチョン)は実によく出来てる。
関空や成田よりも横に広い分分かりやすく移動し易い。ラウンジも多くて充実している。
往路はトランスファーの時間が1:30分と短く利用する時間がなかったのでパス。
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韓流ドラマみたいなパレードをやっていた。
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何回目かの仁川なので大体の配置は頭に入っている。喫煙所も最短の場所に迷う事なく直行して素早くすませ50番ゲートへ。
無事搭乗、いざタシュケントへ。17:25分定刻通り離陸。約7時間半のフライト

初めてのアシアナ、意外と快適!
CAの対応も素晴らしい。JALやANAと比べても遜色ない。
CALとは全然違う。
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機内食も今まで食べた中で一番旨かった。
少し前にアシアナの機内食請負会社が倒産して大変な事になってるって報道があったけど、今は全然問題ないみたい。
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予定ではタシュケント着20:50が21:20と30分遅れ。
イミグレの係員は普通、上から目線の対応なんだど、この国のはメチャ愛想が良かった。
大きな声で「こんばんは!」ニコニコ顔でハンコをバン!

イミグレは良かったけど、預け入れ荷物が待てど出てこない。
結局、荷物をPickUp出来たのがイミグレ通過して1時間後。

やっと空港を出て出迎えのガイドとドライバーにご対面。この時点で、現地時間am2:20分(日本時間am7:20分)。自宅を出て既に26時間半経ってる。この間、睡眠時間は殆ど無し、うとうとした程度。

ようやく着いた ホテル・ウズベキスタン。旧ソ連時代の年代物。
とにかく暗い!  照明が1/3位しか灯いてない感じ。

部屋の中もロウソクを数本灯した程度に暗い。カメラの感度を上げているので明るい様に見えるが実際はこの半分位の明るさ。
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おっ、バスタブがあると喜んだのもつかの間、栓が無い!
というか、栓が出来ない構造(排水口に穴の空いた金具が埋め込んである)何の為のバスタブなのか意味不明。失望感よりも早くシャワー浴びて寝よ!っと思いきや今度はシャワーを掛ける金具が壊れてる。お湯を出しっ放しにするとシャワーの口が暴れるので足で踏んづけて頭を洗う。流す時に勿論両手は使えない。
まっ、ネパールのスイートのバスルームよりマシかと自分に言い聞かせバスタイム終了。

トイレを使おうとして気がついた。トイレットペーパーが無い。無いと言うか、どの部屋にも標準装備されていないと思わせるような自然な感じで長い間ここにペーパーははまっていなかった感じ!
無くて当然、あるのが不思議みたいな雰囲気。
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私の行く所は秘境が多いのでこういうのには慣れっこになってきた。
部屋が暗いのも、シャワーが壊れていても、トイレットペーパーが無いのも「あっ、そう」って感じ。

朝、明るい所で撮ったホテルの外観。
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とにかくデカい、旧ソ連らしい外観で見栄えのみ立派。
最終日もまたこのホテルなので今から少し憂鬱!
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2017年のGWを利用して南九州、宮崎・鹿児島を駆け足で3泊4日のminiトリップでした。
全日、曇り&小雨で天候には恵まれなかったけど結構日本再発見が満載でした。

南九州(宮崎・鹿児島)その1
  関空からPeachで宮崎空港へ

南九州(宮崎・鹿児島)その2
  知覧の武家屋敷ぶらぶら
https://blogs.yahoo.co.jp/vulcanfrom/folder/1303388.html

南九州(宮崎・鹿児島)その3
  霧島神社ぶらぶら
2016.10.24
今回は昨年のインドに続き少し緯度を上げてネパールにやってきました。
スケジュールはカトマンズ→チトワン→ポカラ→カトマンズの約2週間の旅行です。
先ずはカトマンズ前編です。
念願のヒマラヤ山脈マウンテンフライト。山も高かったけどフライト代も高かった!
でも超感激、エベレストが目の前に!
多分一生一度の経験になると思います。
生きててよかったー! 来てよかったー!

フライト終了後パシュパチナートのガンカー(火葬場)へ。
次から次へと火葬が・・・・

ネパール一人旅1日目
    関空からカトマンズへ

ネパール一人旅2日目
    マウンテンフライトでエベレストへ

ネパール一人旅3日目
  古都パタンぶらぶら

ネパール一人旅4日目
    カトマンズからソウラハへ移動

ネパール一人旅5日目
    チトワン国立公園(世界遺産)

ネパール一人旅6日目
    ソウハラ(チトワン)からポカラへ移動

ネパール一人旅7日目
    ガイドとサランコットの丘に朝日を見に行く。

ネパール一人旅8日目
    ポカラから再びカトマンズへ

ネパール一人旅9日目
    終日カトマンズぶらぶら

ネパール一人旅10日目
    終日カトマンズ~帰国へ

今年は去年のネパールからグッと緯度を上げてロシアとトルコに挟まれたジョージア(グルジア)とイランとトルコと国境を接しているアルメニアをブラつくことにしました。
いわゆるコーカサス地方で日本ではヨーグルト位しか馴じみが無い国々です。特にジョージアは2・3年前までグルジアと言って2008年までウクライナのようにロシアとドンパチやってて最近落ち着いたと言う国です。未だ一部の地域で揉めてはいますが。
 
ジョージア1日目(出発~入国)
 大阪 ~ 成田 ~ モスクワ ~ ジョージア 大移動
ジョージア2日目
ジョージア3日目
ジョージア4日目
ジョージア5日目
ジョージア6日目
 ジョージア ~ アルメニア 国境を陸路で越える。
2017年10月2日

生まれて初めて国境を歩いて越える。
アルメニア。事前リサーチゼロ!全く調べてこなかった。
どんな国なの???

アルメニア 1日目

アルメニア 2日目

アルメニア 3日目

アルメニア 4日目

アルメニア 5日目
今回はウズベキスタンを探検。

昨年はカスピ海の西側のジョージア・アルメニアを回りましたが今回はカスピ海に西側シルクロードの東西の交る地域です。異邦人の歌に出てきそうな雰囲気。

最終目的地は世界第4位の大きさを誇っていたアラル海が消滅して砂漠と化した今世紀最大の環境破壊の現場を見に行く事です。

全工程14日間の一人旅!
例によって世界遺産や観光名所には殆ど興味がないので、そこはのらりくらり、ぶらぶら行くことにします。