ジジイのトラベルページ

ジジイのトラベルページ

還暦を過ぎたジジイが一人旅で世界を巡るブログ始めました。

Amebaでブログを始めよう!
ウズベキスタン一人旅あとがき

長いようであっと言う間の14日間。
ウズベキスタン旅行は今までの海外の中でも上位にランクされる旅行になった。
今回の目玉は何と言ってもアラル海!観光スポットは元々興味がないので通過するだけ。
改めて自分の旅行スタイルがアンチ観光であることを自認する旅行となった。

今世紀最大の環境破壊と言われている世界第4位の面積を誇っていたアラル海の消滅。
アラル海は中国の天山山脈の西側を水源とするウズベキスタン側のアムダリア川と北側に接するカザフスタン側のシムダリア川の2つの大河が流れ込んで、湖の自然蒸発量と流入する水量が微妙なバランスで成り立っていた。

旧ソ連の政策で2つの大河の水を途中でほとんど農業用の灌漑用水として使っているためアラル海まで川の流れが達しないのが原因。

ウズベキスタンは2重内陸国(2つ以上の国を越えなければ海に出られない国家)である。
日本だと基本的に川は山から海に流れる。ウズベキスタンの川は海に流れず湖に流れ込む。
それがかつての世界第4位の面積を誇るアラル海だった。

川の終点がそれ以上押し出される事なく、小さい湖状態で留まっている光景を初めて見た。
アラル海は今以上に小さくなって、やがて完全に消滅する。有るのは干上がって砂漠になった大地だけ。地球規模の自然の驚異を実際に目で見て本当に感動した旅行だった。
ウズベキスタン14日目

深夜、タシュケントを脱出しソウル仁川国際空港へ着いたのが30分遅れの出発にも関わらず定刻通り
8:55am(韓国は日本時間も同じ時差無し)。ここまで来ればもう帰国したも同然。余裕のインチョン。
トランスファー通路を通って保安検査。難なく通過して3階のターミナルへ。
いつ来てもインチョン国際空港はいいなあ。本当に便利に出来てる。まず迷わない、喫煙所へ直行。
ライター取り上げられてるので近くの韓国人とおぼしき青年に「Would you teke ・・・・」火を借り座ろうとしたら濃緑のパスポートがおいてある。「Is it your's」 「No it is not mine」 どこにでも自分みたいな奴がいるもんだと思いながら火を貸してくれた韓国人青年にインフォメーションに届けて貰うようお願いして一服終了。

何せ、トランスファー時間が7時間もある。4階のラウンジフロアーに上がってSky Hub Loungeへ。朝方出たまずい機内食は食べなかったので腹ぺこ。Sky Hub Loungeは食事が充実しているので助かる。
モーニング程度の食事で満腹、たまらず1時間ほどうとうとする。
ラウンジは飲み食い全てタダなので快適。何時間粘っても文句言われない。
イメージ 1

iphone ipadの充電をしながら、2~3日書いてなかったブログを書く。
トイレと喫煙の為取り敢えずラウンジから出てターミナルをぶらぶら。昼時になったのでフードコートへ。
メニューを迷いに迷ってこれにした。激辛ラーメン。
イメージ 2

腹も満たされ、再びラウンジへ。時間までブログ更新。
ボーディングタイムが近づいてきたのでゲートへ行く。本当に分かり易い空港。
これに乗って成田まで2時間30分。デパーチャータイム3:55pm(韓国は日本時間も同じ時差無し)
イメージ 3

午後6時15分定刻通り、成田空港到着。
このまま大阪まで帰ると京阪電車の最終が微妙。事前に泊まるかも知れないとの連絡を入れておいた千葉市川市の娘にマンションに行くことに。lineを入れて行くことを確認。但しメシは無いとの事。冷たい娘だこと。
荷物をピックアップして京成電鉄乗り場へ19:30pm、京成八幡に着いて駅前で一人わびしく回転寿司を食べて自分で無事の帰国を祝う。翌日、2018年10月4日孫に見送られて帰阪の途につく。
ウズベキスタン13日目

今日でウズベキスタンとお別れ。今夜10:20pmのソウル行きで帰国の途につく予定。
タシュケントは観光スポットがほとんど無いらしい。①日本人墓地②歴史博物館③ティムール広場④メトロ
の4つがコミルさんのお勧め。でもスケジュールははなから無視するのが自分流なので①の日本人墓地は日本のテレビで見たことがあり、あまりにも整備されすぎていて観る気無しでキャンセルして貰った。

まずは歴史博物館からスタート。なんと今日はウズベキスタンの休日でここもクローズ。
外観だけ見て徒歩で次に向かう。
イメージ 1

次は有名なナヴォイ劇場。1939年第二次世界大戦末期にソ連の捕虜になった日本人がタシュケントに送られ強制労働としてこの劇場の建設に携わった。1966年のタシュケント大地震の際、ほとんどの建物が倒壊する中この劇場はびくともしなかった。と言うことで日本人の技術が高く評価されたと言う逸話の残る建物です。
イメージ 2

銘板もありました。
イメージ 3

ナヴォイ劇場は今も現役で使われているため中には入れず外観のみ見学。
次にタシュケント大地震のモニュメントを通りすがりに見物、モニュメントの御影石は壊れたのではなく地震の凄さを表現しているもの。当時明け方の午前5時23分に発生したとの時計も。
イメージ 4

次に車で予定に無いチョルスー・バザールへ
ここはガイドブックにも載っている有名なバザール。ただ何カ所も行ったので感激も今一つ。
イメージ 5

建物がドーム状になっている。
イメージ 6

建物の外でも露天がいっぱい。
イメージ 7

ここから地下鉄(メトロ)に乗ってティムール広場へ向かう。
地下鉄の入り口。
イメージ 8

当然入り口には保安検査が。でも見ただけでパス。何のための保安検査なのか?
バザールでウズベキスタン名物のナイフや包丁を10個くらい買ってバックパックに入れていたのでヒヤヒヤしていたのでちょっと拍子抜け。
イメージ 9

車内はこんな感じ。旧ソ連製の車両。グルジアで乗った地下鉄とよく似た感じ。
イメージ 10

駅の構内は写真撮影禁止。ポリスがあちこちにいる。
逮捕覚悟で何枚か撮ってみた。今日は休日なので人がほとんどいない、平日はそこそこ多いそうだ。
イメージ 11

途中の駅で別路線に乗り換え、ティムール広場へ。アミール・ティムール王の銅像。13~14世紀に中央アジアに君臨した偉大な王様。興味ないけど。
イメージ 12

後ろに見えているのが最初と最後に泊まったホテル・ウズベキスタン。
イメージ 13

あとはこれと言った観光名所もなく、昼食へ。ありきたりのレストランでありきたりのランチ。
チャイハナのランチはとても美味しく口に合うがレストランの食事は本当にマズイ。いつも半分以上残す。
ランチのレストランと同じ敷地の中に体育館があり覗いてみるとボクシングの試合をやっていた。
ウズベキスタンでは人気のスポーツらしい。
イメージ 14

18歳以下の試合だと言うが、どう見てもおっさんにしか見えない。
イメージ 15

ここで暫く時間を潰したが、飛行機に時間までまだかなりある。ガイドブックを漁ると工芸美術博物館が近くにあったので行ってみる事に。こうなれば無理矢理観光で自分の最も苦手なパターン。
イメージ 16

これも前世にした悪い行いを改める修行だと思って内部鑑賞。
それよりどっかで昼寝したい!!
イメージ 17

飛行機のデパーチャータイムが10:20pmで3時間前にカウンターがオープンになるというので7:00pm頃に空港へ行くことにし夕食へ。
夕食は現地旅行会社が予約しているレストラン。ウズベキスタン最後の夕食にレストランは気が進まずキャンセルしてチャイハナへいくことに。ドライバーさんにお願いして美味しい地元の食堂へ行くことにした。
本当は最後にもう一回プラフが食べたかったのだが夕食にプラフを出す店は少ないらしい。
で、とあるチャイハナへ入る。やはりプラフは無かった。仕方ないので2番目に美味しかったラグマンを注文。
トマトスープのモンゴル風うどん。レストランのディナーよりはるかに旨い。
イメージ 18
ちなみに、こういうパターンは3人分全てこちらの支払いになる。でも激安なので大丈夫。

てなことで、何とか時間になったので空港へ。
ガイドのコミルさんに 「Eチケット貰える?」 って聞いたら 「持ってないよ」 「えーー!!」 一悶着あってよく考えたら日本で往復の航空券の予約したんだからツアーじゃあるまいし現地の旅行会社が持ってる訳ないか!
Eチケットが無くてもパスポートさえあればエアラインのカウンターでボーディングチケットは貰えるので大丈夫なんだけど、飛行機の時間を間違ってスケジュールに書いてあるの日常茶飯事。それだけが心配。カウンターに言って自分が乗る飛行機の予約がされていなかったらどうしようと一抹の不安を抱いたまま空港へ。

空港の入り口でコミルさんとお別れして保安検査(あくまで空港へ入るための)ここは難なく通過。ただもの凄く混んでいたので阪急トラピックスの団体さんに紛れてカウンターへ自分の順番が来たのでパスポートを提示。
いやに時間が掛かる。嫌な予感!!カウンターの職員、何回もキーボード叩いて言った「Do you have passport」
持ってないから貰いにきたんじゃ「No I have not」 「You name is not on the list」 で、で、でたー!やっぱり。
不安的中。でも待てよ 「Is this counter Asiana Airlines」って聞いたら向こうも顔が和らいだ納得顔で 「 Asiana Airlines counter is over there」 日本人の団体さんに紛れて並んだのは違う航空会社のカウンターだった。

さすがにECCに2年間も通っているとこう言う非常事態も何とかクリア出来る。継続は力なり。
てなことで無事、本番の保安検査・イミグレの難なく通過して定刻より30分遅れでタシュケント脱出成功。
現在時刻22:50pm(日本時間2:50pm)





ウズベキスタン12日目

今日は夕方タシュケントまで国内線で移動。デパーチャータイムが19:55pmなので空港までの移動時間と保安検査の時間を考えて6:00pmにホテルを出る予定。(ウズベキスタンでは鉄道も空港も入り口で荷物の保安検査がある)
それまで時間つぶしでヌクスの町をぶらつくことに。
ここはトルクミニスタンへの入り口の町で国境のイミグレがある町。観光スポットは無い。あるのは美術館とバザールくらい。

特に見る所もないので12:00amまでホテルでのんびり過ごし、ランチを兼ねてバザールを見学。
買い物客の荷物を運ぶ運搬車(有料)
イメージ 2

果物屋さん
イメージ 1

スパイス屋さん
イメージ 3

ぱん屋のおばちゃんと。「日本人?同じ顔してるね」だと。
ウズベキスタンは色んな民族の血が入っている。ヨーロッパ系、ロシア系、モンゴル系、中国系、etc。
イメージ 4

漬け物屋さん
イメージ 5

肉屋さん
イメージ 6

リアルな豚足も
イメージ 7

この後、ランチを摂り時間を見るとまだ2:00pm飛行機の時間までまだ時間がありすぎる。
夕食は出発の関係で5:30pmにホテルで予約してある。それまでにお腹をすかしておく必要があるのでgoogleM
APでぶらつける所を探して移動。mapに川があったので行ってみる事に。
イメージ 8

遠くにモスクが見える。ここは新しいモスクで近所の人はお参りに来るところらしい。歴史的な建物ではないとのこと。
イメージ 9

1時間ほど川沿いを散歩して、美術館へ向かう。平均的なこの町の風景。
イメージ 10

イメージ 11

子供達。
イメージ 12

イメージ 13

美術館へ到着。ウズベキスタン有名な画家の絵が展示されているらしい。
イメージ 14

イメージ 15

特に絵画に興味は無し。早々に切り上げホテルへ。
今夜の料理は名前は忘れたがジャガイモと牛肉入りの皮包みのスープ。これは美味しかった。
イメージ 16


メインは牛肉のレア・ステーキ。これが固いのなんの!左にあるフォークでは切れないのでピンクにナイフで切るが自分のような老人の歯には無理!2,3切れ食べてギブアップ。でフィニッシュ。
イメージ 17

食後、ヌクス空港へ。奥に見えるのが保安検査場。こっそり撮った。
この空港は最近リニューアルしたとの事で、保安検査の厳しいこと。スーツケースのX線写真を見せられてあれこれ質問攻め。開けた方が早いと言うと、画像で説明しろと言う。なんか、画像装置を自慢したかっただけなんじゃ???って感じがした。検査が終わると日本語で「こんちは・ありがとう」てニコニコ顔。
イメージ 18

ほぼ抵抗通りゲート通過。
イメージ 19

フライト時間、1時間10分。到着もほぼ定刻通り。
入国時に泊まった、ホテル・ウズベキスタン。期待値ゼロ!入国時とは違ってダブルベッドのいい部屋。
イメージ 20

バスタブにゴム栓まである。しかもトイレットペーパーまである。感激。
お湯は熱いしシャワー勢いも強い。いいホテルではないか!
イメージ 21

風呂から上がって荷物の片付けをしていて気が付いた。ゴミ箱が無い!どこを探しても無い。
やっぱし!旧ソ連型サービスやな。

明日はウズベキスタン最終日。タシュケント見物の後、夜の便で帰国予定。


ウズベキスタン11日目

今日は、昨日来たヌクスからアラル海までを別ルートで引き返す。
約420kmをまた8~9時間かけて悪路を爆走。砂漠は平らに見えるが道が整備されている訳では無く、あちこちにできたタイヤの跡を追いかけるように進む。

アラル海の日之出。現地時間6:55分
イメージ 1

ユルタキャンプを後にして出発。
イメージ 2

一時間ほど悪路を爆走。
小さな村で休憩。ラクダのミルクをごちそうしてくれると言う。一口飲んで次の一口が飲めない。まっ、まずい!
酸っぱいすえたような匂い。同行のドイツ人はこっそりビンに戻していた。どうも発酵させたヨーグルトのようだ。
イメージ 3

ご馳走してくれたお爺ちゃん。年齢不詳。自分よりはかなり高齢か、な?
イメージ 4

お爺ちゃんのおうち。
イメージ 5

途中、水溜まり状に残ったアラル海。この水も水深1.0m程度なので干上がるのも時間の問題。
イメージ 6

イメージ 7

景色としては綺麗だが・・・・
イメージ 8

ラクダの放牧。あちこちに数頭の集団。このあたりではラクダ以外の家畜は見かけなかった。
イメージ 9

2時頃ようやく町らしい所へ出た。チャイハナ(レストランではなく町の食堂の意味)でランチ。モンゴル風うどん”ラグマン”上から2つ目を注文。12,000スム(168円)
イメージ 10

朝ユルタテントを出発して、ドライバーも早く家にかりかったのか、ほとんど休憩なしで出発したヌクスのホテルの前に到着。4:15pm。
イメージ 11

田舎町のホテルにしては今までで一番過ごしやすかった。少し古いがダブルベッドと栓の無い湯船。
イメージ 12

この日はホテルでディナー。どこにも出ずに早めの就寝。

ウズベキスタン10日目  
  
今日は最終目的地の小さくなったアラル海の水際まで行く工程。距離にして420km予定時間は8時間。
ユルタキャンプを夜明け前のまだ暗い6:00分に出発。朝メシは前夜に頼んでおいた朝食boxを車に積み込む。4wdに乗り換えるため、ヌクスと言う町のホテルに直行。
アラル海までは悪路が続くのでスタックや転倒事故の用心のため、5台のトヨタのランドクルーザーでキャラバンを作る。

我々が乗ったランクル。綺麗に見えるがかなり年代物。
イメージ 1

地図左側の青い部分が残っている現在のアラル海。南の先端部分を目指す。
イメージ 2

ドライバーさん。名前がややこし過ぎて覚えられない。仮に覚えたとしても英語が全く通じないので会話にならない。仕草や顔の表情で意思の疎通を交わす。
イメージ 4

港町ムイナクの博物館。全く興味無し。現地旅行社が用意したチケットがあるので入館したが10分も持たず終了。
イメージ 3

かつての港にモニュメントが建っている。あそこが水際だったとの事。水深にして30m位あるだろうか。
イメージ 5

かつての漁港にあった漁船が錆びて朽ちるままに打ち捨てられている。
イメージ 6


イメージ 7


イメージ 8


イメージ 9

今は昔のうらぶれた風景。
イメージ 10


イメージ 11

10隻以上の廃船が捨てられている。
イメージ 12

 1960年代から徐々に水位が下がっていき・・・・・・
イメージ 13

みぎがわの写真の通り海の殆どが干上がってしまった。
イメージ 14

ここから約5時間掛けて僅かに残っている水際まで行く予定。
かつての海(湖)の底。アラル海は塩湖のため湖だがカスピ海同様、ARAL SEAと海の名前になっている。
イメージ 15

平坦に見えるが、かなりの悪路。
イメージ 16

前を行くランクル。時速30~40km/hが限界。車は揺れまくる。完全にラリー状態。
特に後部座席は上下左右に揺れまくる。寝るどころではない。
イメージ 17

西側の陸地からかつての海の底が見渡せる。
イメージ 18

しばらく走ると、水のある海が見えてきた。おかしな表現だが、水の無い海の底ばかり走ってきたので水がある事にかんどうする。
イメージ 19

イメージ 20

水際に近づく。先頭を行くランクル。
イメージ 21

ユルタテントが見えてきた。アラル海には2つのキャンプがある。我々の泊まるキャンプは水際からすこし離れた所にある。
イメージ 22

ここが今回の最終到達地点。白い泡が固まると塩の結晶になる。砂浜を歩くとザクザクと塩で固くなっている。
イメージ 23

海の無いウズベキスタンでは夏になるとここで海水浴をするらしい。
海に入る桟橋の様なところで一緒のキャラバンで来ていた中国女性が突然服を脱ぎ水際姿に。
な・な・何??? さすがチ ャニーズ傍若無人ぶりもここまで来ると呆然とするしかない。 
と言いながらもしっかり ショット は逃さない。
イメージ 24

この後、泳いでいた。 彼女に付いていたガイドさん、この後大変何せ着替えるのにも水は無いし隠れる所もない。そのまま服を着てキャンプへ。でもそこにも真水は無い・・・・・
今夜泊まるキャンプでも一緒になるのだが彼女の傍若無人ぶりには皆困り顔。
イメージ 25

なんやかやで水際を後にして、我々のキャンプへ。朝8:00にヌクスの町でキャラバンで出発してから約9時間。何とかたどり着いた。ここには大小5張のテントがあった。
イメージ 26

もうすぐ日が沈む。日没前のアラル海、そらの色が刻々と変化する。

イメージ 29


イメージ 27

イメージ 28

キャラバンの仲間の夕食。冷えて来た。半袖の上にカーディガンを羽織りライトダウンを着ているがそれでも寒い。セーターを着込むがまださむい。キャンプのおじさんが寝袋を持ってきてくれた。
イメージ 30

こもキャンプにはさすがに電気は来ていない。ランクルのバッテリーから電源を取ってLEDを灯している。写真では明るいが実際は凄く暗い。
左側が問題のチャイニーズ。その横はドイツ人のゲイカップル。しばらく食事をしていたがあまりの寒さにテントの中に移動する事に。
イメージ 31

寒さと疲れとウオッカの酔いでチャイニーズしか映ってないが、イタリア人カップル・ドイツ人ゲイカップル・チャイニーズカップル・チャイニーズ傍若無人一人・ウズベキスタンガイド3一人とインターナショナルなディナー。共通言語は英語。2年間のECCが少しは役に立っている。
早々にでぃねを切り上げ寝ることに。
外に出ると綺麗なお月様。写真がチャチイが実際は感動モノ。
イメージ 32

ランクルのバッテリーを外すと真っ暗。持参のヘッドライトでトイレと自分のテントに移動。歯磨きだけしてそのままの格好で就寝。
イメージ 33

明日はまたヌクスの町まで違うルートで帰る。420km8~9時間の悪路、想像しただけで疲れる。




ウズベキスタン9日目

今日はヒヴァから紀元前4~5世紀に作られた古代カラ(城壁で囲まれた宮殿を含む居住地)を見に行く。
ホテルのロビーで9:30にコミルさと待ち合わせ。ドライバーと合流し出発。

砂漠の中へ2時間半程走る。
イメージ 2

ユルタキャンプが見えてきた。ユルタはモンゴルのゲルと同じ様なテント。ゲルより少し天井が低い。
イメージ 1

おばあちゃんがランチ用のナン風のパンをタンドルと言う釜で焼いていた。
イメージ 10

ユルタの内部。一番大きいユルタ。外はラクダの毛皮と帆布で覆われている。
夏は涼しく冬は暖かいとのこと。
イメージ 11

ランチもここで。食後あまりの気持ちよさに2時間程昼寝をしてしまった。
イメージ 12

自分が今夜泊まるユルタ。今日はガイド・ドライバーと自分の3人しか泊まらないので何処でも自由に使ってもいいよ。という事で、一人で独占させてもらった。
イメージ 13

マットレスが引いてあった。
イメージ 14

近くにあるアヤズ・カラ。紀元前5世紀に作られた周りを城壁で囲まれた宮殿のある居住地の事。
夕食まで時間があるので夕日のタイミングを見計らって登ることに。
イメージ 3

砂漠の砂はパウダー状なので非常に歩きにくい。風紋が綺麗。
イメージ 15

2500年以上の歴史で風化が激しい。
イメージ 4

今にも崩れそう。
イメージ 5

日干しレンガを積み上げた城壁。少ないながらも雨が降れば溶けて流れる。風化の一番の原因は土で固めているレンガや壁が流れて崩落していること。
イメージ 16

ユルタキャンプが見える。
イメージ 6

日が沈みかけてきた。
イメージ 7

イメージ 17

ラクダが放牧から帰ってきた。人は居なくてラクダが自由に朝遠くまで草をたべに行って夕方牧舎に帰ってくるらしい。ラクダは今は輸送用ではなく毛皮やミルクや食肉用に飼われてるらしい。
イメージ 8

夕日が沈む。
イメージ 9

日没後のユルタテント群。
イメージ 18

夕食。
イメージ 19

ここのキャンプは砂漠の中を電線を引いていた。ペルシャ(イランの事)のランプ。
電気があるとは言え凄く暗い。読書をするには苦労するくらいの明るさか?
イメージ 20

夕食のメインはプラフ。プラフは日本の炊き込みご飯と炒飯を合わせた感じ。作り方油で炒めた具材にお湯と生米を入れて炊く。日本的な味付けで美味しい。ウズベキスタンに来て何回も食べた、結構飽きない。
イメージ 21

キャンプの夜は早い。ふろもシャワーもnetもない。9時頃に電気が消えると真っ暗。しばらくすると目が慣れてきて月明かりで周りが見えるようになる。空を見るとオーバーな表現ではなく星が掴めそうなくらい近い、夜空一面に輝いていた。星の写真はシャッターを30秒程開きっぱなしにする必要があるため三脚が必須となる、今回は断念。
明日はこの旅行の最大の目的であるアラル海を見に行く予定。何もする事も必要も無く9:30分頃就寝。
明日が楽しみ。

ウズベキスタン8日目

ホテルのロビーで10:00分に合流。
今日は城壁の外側を散策する事に。ホテルからイチャン・カラを突っ切って北門へ出る。
城壁内には普通に民家があり人々の暮らしがある。
イメージ 1

子供が遊んでいる。とtrも愛嬌がある。
イメージ 2

パンを焼く釜。タンドル。
インドのナンと西洋のパンの中間のようなパン。どちらかと言うと薄いパンという感じ。
写真を撮らせて貰っていたら直径50cm位の焼きたてのパンをくれた。そんなには食べられないので少しだけちぎって歩きながら食べる。
この家庭では1週間分のパンを作り置きするために作っていたんだとか。コミルさんがいるのでウズベキ語の通訳をしてくれるので助かる。
イメージ 3

北門に到着。
城壁に登れる階段があったので登る。10m位か。
イメージ 4

イメージ 6

日本のお城でいう“鉄砲狭間”
イメージ 5

北門を出る。
イメージ 7

事前に“歩き方”で調べておいたヌルラボイと言う宮殿に向かう。
mapを頼りに宮殿にたどり着く。入場料60、000(840円)スム今までの最高額。
1990年代にヌルラボイと言う商人が寄贈したと言う宮殿。全体的に修復され綺麗過ぎて歴史をあまり感じない。内部は博物館になっている。
イメージ 8

4つの庭が売りらしい。
イメージ 9

イメージ 11

特筆するものは特に無く、1時間位で観光終了
イメージ 10

時間が丁度12:00昼飯時。チャイハナを探しランチへ。
サムサと生ビールを注文。サムサは固めのパンの中に牛肉を詰めて焼いた物。味は特別美味しいという訳ででも無く、空腹を満たしたと言う感じか。
イメージ 12

ランチも終わり、ここからコミルさんも知らない裏道を通ってホテルに向かう。
イメージ 13

使役用の馬、荷馬車に使うようだ。
イメージ 14

村の中をブラブラ。
イメージ 17

学校帰りの女の子とツーショット。小学6年生だそうだ。
イメージ 15

一般的な家の玄関。入るとすぐ部屋があってその先に中庭があり家畜なども飼っている。
ちょっと裕福な家庭みたい。
イメージ 16

城壁の南側を通ってホテルへ戻る。
イメージ 18

オレンジ色のパイプはガス管。
ウズベキスタンは天然ガスの産出国。
イメージ 19

南門から入り、ホテルまで5分位。
イメージ 20

振り返ると。
イメージ 21

ホテルに到着、2:30分。1時間程昼寝。その後、今回2回目の洗濯。
ブログをアップしようとするが写真1枚に30分以上掛かる。facebookは重過ぎてポータルサイトすら開かず断念。
ウズベキスタンは4Gのアンテナがなく、3G止まり。それも恐ろしく遅い。wifiもホテル・レストランに関わらずスピードが出ない。特に夕方の団体客が到着する時間は最悪!延々とビジー状態がつづく。

7:00pmにコミルさんとホテル近くのレストランへ。サラダ・スープ・メインはウズベク風うどん。
ペルシャ風エスプレッソとデザートでフィニッシュ。お会計105、000ソム金額を聞いたらビビるが日本円に換算すると1、470円。物価は日本の約1/10程。入国時に100ドル両替したのがまだ余ってる。

明日は砂漠の真ん中にあるアヤズ・カラ遺跡に向かう。砂漠の真ん中なので当然ホテルは無い。ユルタと言うモンゴルのゲルの様なテントに宿泊予定。当然の事ながらwifiも3Gも届かない。明後日は更に奥地の小さくてなったアラル海の湖畔まで4wdで行くので2~3日netとは無縁になる。現在社会でnetから切り離されることはないので貴重な経験になるかも!


ウズベキスタン7日目

昨日は丸一日移動日で終了。
砂漠の縦走は結構面白かった。日常では経験できない。
今日はまたノルマの観光で一日ぶらつく事に。

イチャン・カラは1842年にカラクム砂漠のオアシスに作られた全長6kmの城壁に囲まれた内側にある宮殿を含む居住地なんだとか。
1840年代と言うと日本では江戸時代の後半大塩平八郎の乱があった時代。中国ではアヘン戦争をやってた時代に当たる。

イチャン・カラのイラストマップ。
イメージ 1

こっちに来て7日目になると、さすがにカラ(宮殿) モスク(礼拝堂) バクル(霊廟・お墓)の区別が分かってくるが、どの建物がどの種類なのかは分からない 

先ずは、西門から入り、メインストリートへ。
西門前広場、城壁がぐるっと6km内部を守る為にそびえ立つ。
イメージ 2

西門。
イメージ 3

内部。
すごい数のカラ(宮殿) モスク(礼拝堂) バクル(霊廟・お墓)。
特にヒヴァの歴史に興味がある訳でもなく、コミルさんの説明を聞き流す、いつものパターン。
以後、当日でさえ記憶が曖昧な写真集。 説明は割愛デス。
イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

クフナ・アルクと言う宮殿の屋上からの風景。城壁の外側の街並み。
イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

クフナ・アルクの中で色んな地方の民族衣装を着たり楽器を持ったりした集団が集まってた。
何でも偉い人の出版記念のPVを撮るのだとか。集まった人たちは本物の民族らしい。
イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

ホテルに戻り一休み。
夕食はイチャン・カラの中にあるレストランへ。城壁の中は古い建物をホテルやレストランに改装したものが多い。日本では考えられない。世界遺産なのに!
左側がレストラン。
イメージ 19

内部は星一つレストラン。
イメージ 20

ホテルへの帰り道に通った西門(メインゲート)
ライトアップは綺麗だけど、イメージが壊れる。
イメージ 21

明日は完全フリー日、でもガイドは同行。
でもコミルさんはこちらの行動パターンを完全に理解してくれているので、むしろ動き易い。
明日はゆっくり行こうと言う事でロビーで10:00amで待ち合わせ。
今日は何もせず10:30分頃就寝。

ウズベキスタン6日目 

今日はブハラからヒヴァまで約500kmを7~8時間掛けてキジルクム砂漠を縦走する予定。
ブハラのホテルのロビーでコミルさんと待ち合わせて、広場でドライバーと合流。

全行程約500kmの内、綺麗な舗装道路は半分くらい。最初の150kmはアスファルトで舗装してあるものの大型車が多く通る為穴ボコだらけ。そこを時速80km/hで穴ボコを避けてジグザグにぶっ飛ばす。
念の為と思って飛行機用の腰当てクッションとネックピローを用意しておいて正解だった。少し、寝ることが出来た。

綺麗な道路のように見えるが穴ボコだらけ。
イメージ 15

車は1500ccクラスのシボレー。ウズベキスタンでは90%以上がシボレー車。トヨタ始め日本車は殆ど見なかった。何でも1995年位から韓国の自動車会社を買収して国内で製造販売しているらしい。
イメージ 1

市街地を抜け1時間程走ると、写真の様な砂漠に入る。
この砂漠はサハラやタクマラカン砂漠と違い砂漠特有の植物が生えている。
ウズベキスタンは北側のカザフスタンwとのl国境に山脈があるだけで国土の70%は平原。360°見渡す限り続く砂漠と地平線。
イメージ 3

砂漠の砂は一年で雨が16mm程度しか降らないにも関わらず少しシットリしている。地形的に夜中に露が降りるらしい。可憐な花も咲いてた。
イメージ 2

3時間程走るとコンクリート舗装のフリーウェイに出た。ドイツと韓国のODAで作られたとの事。快適にぶっ飛ばす。
イメージ 4

長帳場なので1時間半くらいに一回休憩。
ドライバーさん、コミルさんとツーショット。
イメージ 5

ドライバーさんと、ゴメン名前忘れた。
イメージ 6

昼飯を食べに途中のチャイハナへ(地元の食堂)
イメージ 7

 近くを流れるアムダリア川(問題のアラル海から流れて来ている大きな川)で獲れた魚を売っている。
自分で捕まえて調理して貰う。
イメージ 8
  
川魚なので結構臭い。日本のフナみたいな魚を2匹捕まえて調理をお願いすること。
イメージ 9

とても衛生的とは言えないけど、全然平気。
イメージ 11

結構な時間を掛けて油で素揚げした完成品?ウズベキスタンでは一般家庭では箸は勿論ナイフ・フォークはなく手で食べるらしい。このチャイハナでも食べる道具は一切無く手で食べる。
素揚げして塩を振っただけの素朴な味。空腹だったのでいっぱい食べた。結構旨い。
イメージ 10

午後4時頃、ようやくヒヴァに到着。
ヒヴァのホテルはイチャン・カラと言う古い都の宮殿の中にある絶好のロケーション。
このホテルに3連泊の予定。
イメージ 12

このホテルもシングルベッドのシンプルな部屋。
イメージ 13

バスタブもある。栓付き!有り難い。
但し、トイレの水がチョロッっとしか流れない。フロントに文句を言って見て貰うがイマイチ直らない。
以後、トイレを流す時はタンクの蓋を外してタンク内のレバーを操作する事に。
イメージ 14

今夜の夕食は、移動日と言うこともあってホテルで一人で。一番苦手なパターン!
白人の団体様御一行の隅でボッチでのディナーは侘しいので嫌い。
イメージ 16

早々にフィニッシュでバスタブの風呂とチョロチョロのシャワーで本日終了。11:00pm就寝。

明日は一日イチャン・カラをゆっくり観光?予定。