10代から30年もの間

精神疾患、摂食障害に苦しんできた

発達障害と昨年判明し

自分が独特の考え

物事の見方しか出来ないと納得した

醜形障害ゆえの体形や見た目に対するこだわり

摂食障害からある太ることへの恐怖

がなかなか手放せない

ずっとずっと苦しい

更年期でもうどうしようもなく

体形が変化し

ここに来て

自分とは生物であり

自分のエゴや力では

どうにもならないことの方が多いことを体感する

遺伝や

自然の流れ

偶然この時代に

生を受け

そういったものに

自分をはじめとし

人間ほとんどが

太刀打ち出来ないはずなのに

過激な事象は止むことはない

 

現実はどうしようもならないから

祈りや信じること

愛の力を人は必要とするのでしょうか

愛さえも努力なら

自然な形で喜びを受け取ることは

まるでこの上ない恵みのよう

 

現実がもうどうにもならなくなった時

それくらい

絶望しどん底に落ちて落ちて落ちまくったら

その暗闇で

人は最後は同じことをすると思う

一ミリだったとしても

願いをかけると思う

その想いこそが

人間が人間として生きようとする核みたいな

ものかもしれない

そしてその願いは

自分より

他人に向けて発動されるところが

本当は人間は人を思いやるやさしさが

備わっている生き物だと教えてくれる

 

愛の世界か暴力の世界か

もし今日がどっちかだったとしたらー

 

時々一人つぶやく

 

”今日あたしは愛の世界を選びます”と