新社会人になった時の気持ちを思い返してみよう | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

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日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

先日、ふとした機会から「自分が新社会人になった時の気持ちを話す」という機会がありました。

ずっと昔のことですので、もう自分の中でとっくに忘れていると思っていましたが、思い返すと、結構細かいところまで覚えていました。

何十年か前の(笑)ちょうどこの時期、自分は専門学校の教員として、入社式に参加しました。(※小中学校の先生ならいざ知らず、専門学校の教員というのは半分くらいは一般企業の会社員と同じような待遇ですので、「入社式」でした

その入社式では、理事長が新入社員向けのスピーチをしてくださいました。
その理事長というのは結構厳しい方で、ベテランの先生方たちも恐れており、その入社式ではいきなり厳しいことを私を含む新人(教職・事務合わせて30人前後いました)に強い口調でおっしゃっていました。

ところが。
自分は結構前の方に座っていたのですが、いきなりその理事長の厳しいお話の最中に寝てしまったのです(笑)

寝てしまった理由は、決して真剣に取り組む意識がなかったからではありません。
実はそれまで、新聞配達をしながら学校に通っていましたが、その時はまだ配達を手伝ったりしていました。
新聞配達は朝3時くらいから仕事が始まり、また肉体労働ですので朝の仕事が終わるころにはクタクタに疲れます。
その日もその状態で入社式に向かい、意識とは裏腹に気が付いたら寝てしまっていたのです。

当然、そのあとこっぴどく怒られるものと思っていました。
ところが、その後の周囲の反応は意外なもので「お前、すげえ度胸座ってるな。あの理事長の目の前で寝た奴は初めてだ。こりゃあ大物だ。」などと感心されてしまい(※実際は小物です)、また、同期の中ではいきなり有名になってしまったのでした(笑)


その後、配属先の情報処理科に行った自分は、まさに希望に燃えていました。
今にして思えば、なぜあれほど自信があったのかわかりませんが、少なくともコンピュータ言語のプログラミングの講義であれば、だれよりもわかり易く教えられるという自信がありました。

しかし現実はそう甘くはありませんでした。
最初はいわゆる「助手」でした。
まあ当たり前ですが、教師としての技術がまったくない新人が、教壇に立たせてもらえるわけもありませんでした。

通常、最低一年間は助手として、他の先生の実習をサポートしたり、他の先生の仕事を手伝ったりしながら仕事を覚えて、2年目くらいから少しずつ教壇に登れるようになる(助手から教師になる)、というプロセスになっていました。

それでも、助手をしながらも、「教えることへの意気込み」や「新しい技術への取り組み」に関してはまったく衰えることはなく、また、それが仕事の一環であるという意識もなく、楽しくてしょうがない、やりたいからやっているという意識で、遅くまで働いていても何のストレスも感じませんでした。


そんな自分の溢れんばかりの「やる気」が何人かの先輩先生達に伝わったのか、数か月後に、週に1~2回でしたが、代わりに講義をさせてもらえる機会をいただきました。
その時の授業準備にかける情熱は、半端ではなかったと思います。

もちろん、教師としての技術を何も持たないまま行ったその代理講義は、限りなく下手くそだったと思います。
それでも、ただ教科書を読み上げるような授業はしませんでした。
講義するべき内容を自分で完全に理解したうえで、自分の言葉で説明していました。それが唯一、良かった点だと思います。

そして、そういった情熱や努力は課長にも伝わったのか、もしくはその先輩先生達が課長に話してくださったのかわかりませんが、半年後(後期カリキュラムの開始時)から、自分は助手の仕事を卒業し、正式に講義をフルに持たせていただくことになりました。
それは当時としては快挙でした。


そういったことが当時の自分の情熱にさらに拍車をかける結果となり、その後も失敗を重ねながらも結果を残すことに繋がったのだと思います。

きっと、あのような、溢れんばかりのやる気と、天井知らずの熱い情熱は、社会人一年生ならではのものだったのだと思います。


今、あの頃のような情熱を取り戻して物事に取り組むべきなのか、そもそもああいった社会人一年生のような情熱を今持てるものなのかどうかわかりませんが、少なくともあれが自分の社会人としての原点だったことは認識したうえで、今後の姿勢を考えるべきかと思います。