現在職場で所属しているチームに、8歳までイギリスで過ごし、9歳から大学卒業までを日本で過ごし、大学院はイギリスで、就職は日本、という方がいます。
8歳から9歳というのは人間にとって非常に重要な時期であると、教育学的には言われており、9歳を境に自分の意思で物事を決定するようになる(それまでは親に言われたことを飲み込んで育つ)のだそうです。
したがって、彼のように9歳前後で異なる文化圏を移動するというのは後の人生に極めて大きな影響を与えることになると考えられます。
そんな彼から「イギリスの文化と日本の文化の根本的な違い」を聞くと、表面的なことではない、非常に興味深いことを聞くことができます。
もっとも興味深かったのは、彼が8歳で日本に帰国して、学校教育の中で何が一番苦労したか、というところです。
単純に国語、とか漢字、とか、そういうことではありません。
もちろん漢字も苦労したことと思いますが、彼が一番困ったのは、「求められる回答が違う」ということだったそうです。
どういうことかと言うと、例えば国語のテストの問題で、よく、文章に線が引いてあって「線の部分で作者がどのように考えたのかを書きなさい」という類の問題があると思います。
ところがイギリスではそういう聞かれ方をすることは皆無なのだそうで、イギリスでは「線の部分に関してあなたがどう感じたか説明しなさい」という感じの問題になるのだそうです。
これはどういうことかと言うと、日本流の問題は、他人(上記の問題では作者)の意図を読み取る力があるかを問う問題であり、また答えも基本的には一つに絞られるのに対し、イギリス流の問題は、作者がどう思ったかは関係なくて、回答している本人にいかに想像力や、自力で考えを広げていく力があるかを問う形になてとり、答えは無数にあるということになります。
また、算数の問題なども違いがあるようで、日本流だと
4+3=□
というような出題が多いと思いますが、イギリス流だと
□+□=7
というような出題が多いのだそうです。つまり、先の国語の問題のように、回答を一つに絞っていない、ということになると思います。
上記のことから考えられる、イギリス流の教育の基本思想は、おそらく、色々な可能性を引き出す力を養う、というものであると思われます。
もちろん、どちらがいいとか悪いとか、そういうことではありません。日本流のように、一意の回答を正確に的確に導き出す能力を養うことは、「確実性」を養うことに繋がるわけですし、それはそれで重要な能力になると思います。
一方で、イギリス流の教育では、「広がりのある発想」を養ったり「多角的にものを見る力」を養ったりすることに長けているといえるかと思います。
重要なことは、国際社会ではそういった文化背景の違いが強く存在することを意識し、お互いの背景を尊重しつつ いかにしてよりよい交流を図るか、いかにして協力体制を築いていけるかを考えることだと思われます。
ちなみに両方の教育を受けてきた彼は、想定外のことが起こっても動じない、ブレることのない意志を持っており、また極めて社交的で、仕事は大変優秀です。
もう一つ、イギリスに関しては記事にしたいトピックがあるので、後日投稿したいと思います。