今日偶然、NHKの連続テレビドラマ「カーネーション」の総集編を見ました。
自分は原則的に全くNHKの朝の連続ドラマを見ないのですが、この「カーネーション」だけは、再放送でもいいのでちょっと見てみたいと思っていました。
なぜなら、このドラマは昭和初期の洋裁屋さんの話ですが、うちの母が10代だったころまさに洋服屋さんに住み込んで洋裁の仕事をしており、自分がまだ小さかった頃その洋服屋さんによく出入りしていたため、懐かしい気持ちになれたからです。
母は生前、洋裁の仕事に誇りを持って取り組んでいました。
「この仕事を通して、世の中のために役に立つことができることが嬉しい。」と言って、実に50年以上もその仕事をほとんど休むことなく続けていました。
誰にでも「天職」が必ずあり、なぜかその仕事だけはどんなに忙しくても大変な状況であっても苦痛とは感じない、それを続けている限り本人の魂が喜びを感じる、そんな仕事が必ずあるということを行動で示してくれたのが、母でした。
だから洋裁の仕事には、母を通して「仕事の原点」を見ていたのだと思います。
さて、そんな洋裁の仕事をドラマにした「カーネーション」ですが、とても印象に残る話しがありました。
それは、主人公の糸子さんの、職人魂が見事に描かれているシーンでした。それはこんなシーンでした。
糸子さんの勤めている洋服屋さんで、いままでに受けたことのないドレスの作成の注文を受けました。
本来であれば「うちでは作れません」といって断るべき、無茶な仕事でした。
そもそもそれを作る技術はその店にはありませんでしたし、注文を受けておきながら後でできないというのはもっともまずい対応になるからです。
それを半ば強引に担当させられてしまった糸子さんは、とりあえず見よう見まねでなんとかそのドレスの試作品を作り、お客さんに試着してもらいました。
お客さんはその試着品を着て、すぐに気に入ってくれました。「ウチは今のこの服でもう満足だから、これをそのままちょうだい!」と言いました。
しかし、糸子さんはなんと「イヤや!」と言いました。
まだ自分にとって納得のできる状態になっていないので、このまま売るわけにはいかないというのです。
それを見ていた自分は、「注文をしてきたお客さんが満足しているのだから、それでいいではないか。しかもそもそも無茶な注文だったわけで、お客さんが納得する服ができるかどうかもわからない状態で(つまりリスクの高い状態で)受けた仕事なのだから、満足されている今の段階で、渡してしまうべきだ」と思いました。
しかし糸子さんは結局お客さんと喧嘩になるまで、納得できる商品を作ることにこだわり、店長にものすごく怒られました。
それでも糸子さんは意思を曲げず、最終的には本当に舞台で輝く、本物のドレスを作り上げたのでした。
この話を見て思ったのは、職人としてのこだわりを捨てないということは、長期的な意味での成功につながるのだということです。
目先だけの成功を考えるならば、そのお客さんが満足した試作品で納品して終わりにしてしまえば、お金もすぐもらえたでしょうし、問題はなかったはずです、
しかし、もう少し長い視点で考えて、その服を着たお客様がフォーマルな席に立った時、試作品レベルの服だったらどうなっていたか、また、本当にそのお客さんがその服を通して本番の席で喜びを感じてもらうためにはどういう服が必要なのかを考えていけば、絶対に妥協の入っている洋服を売ることはできないと思います。
効率の良さを求められる今の時代ですが、果たして今の自分のやっている仕事は、そういった長期的な成功まで考えて、本当の意味での職人魂を忘れずにやっているのか、考えさせられました。
そういえばうちの母が最期のころにやっていた仕事は、作業服を大量に縫う仕事でしたが、通常であれば1回縫いで良しとするところを必ず2重に縫って、ほつれやすいところを必ず補強していました。
「破れたら新品と交換すればいい作業服に、なぜそんな丁寧な縫い方をする必要があるのだ」という意見もある一方で、長きにわたって根強い信頼をもらっていました。
本来仕事というのは、そういうものでなくてはならない。目立たない部分であっても、本当にそれを使った人が喜んでくれるような仕事をすることで、お客さんも喜び、またそこに妥協しないでプロとしての仕事をしている自分自身にも、納得できるようでなくてはならない。
たぶん、うちの母も、カーネーションの主人公の糸子さんも、そういう意思を持って仕事にとりくんでいたのだと思います。
自分もそれを見習って、今自分のやっている仕事への取り組む姿勢は、本当にプロの姿勢になっているのかを常に意識しながら取り組んでいきたいものです。