大げさに聞こえるかもしれませんが、自分の人生この「ドカベン」という漫画の存在なしでは語れないというほど、特に中学生くらいの頃までは大きな存在でした。
当時、この漫画を見て「野球の本当の楽しみ方」を学んだのかもしれません。
それ以前も、ご存じ「巨人の星」や「侍ジャイアンツ」といった有名な野球漫画が多数存在しましたが、どれも非現実的な話が多く、漫画として楽しむことはできても、現実の野球を楽しむうえでの参考にはなりませんでした。
しかし「ドカベン」は、途中からはかなり現実的な話になり、例えば何球目でスクイズをやるかとか、左打者の対策に左ピッチャーをリリーフさせるとか、「正しい野球の楽しみ方」のようなものがちりばめられていたように思います。
ただし、それだけではあのような大ヒットはしなかったと思います。
「ドカベン」のすごいところは、上記のような現実的な野球の話がうまく表現されている一方で、「巨人の星」や「侍ジャイアンツ」に負けないくらいの非現実的な話もあって、そしてそれらがなぜか自然に調和しているところだと思います。
例えば、ドカベン37巻・二年の夏の地区予選決勝・対横浜学院戦ですが(注:何巻で何が起きたか、ほとんど覚えています)、最初からずっと現実的な展開でした。どうやって空振りさせるか、インコースかアウトコースか、といった駆け引きが延々と続く手に汗握る展開だったのですが、最後の決勝打は何の脈略もなく打った、岩鬼の出会い頭の一発でした。
普通に考えれば大ヒンシュクのこの展開、なぜかしっくり受け入れられてしまったのです。
なぜ、現実性と非現実性が調和しているか。
それは、ドカベンに登場するキャラクターが、読者の中で「生きている」からだと思います。
キャラクターたちの個性があまりにも強く、読者の中で独り歩きをはじめて、だんだん現実と漫画の世界の境界線が短くなり、結果そのキャラクターが起こした行動が非現実的であっても受け入れられてしまうのではないでしょうか。
「ドカベン」はいまだに続いています。
そして、正直に言えば、最近の話はもはや高校編のような手に汗握る展開になることはほとんどありません。
しかし、売れ続けていますし自分もやっぱり完全に読むのをやめることができずにいます。
それはきっと、いまだに読者の中で、「ドカベン」のキャラクターたちが「生きている」からだと思います。
彼らがプロになってどうなったのか、新しい球団をどのようなチームにしていったのか、プライベートはどうなのか、昔のライバルたちは今どうしているのか、まるで現実にあることのように気になってしまうのは、きっと自分だけではないように思います。
そして、それを知りたくて、たとえ昔のような緊迫感を味わうことはできないと知っていても、最新刊が出るとつい読んでしまうのではないかと思います。
ちなみに、自分の中のベスト オブ ドカベンキャラ は殿馬選手です。
秘打よりも、あの華麗な守備が魅力です。
また、殿馬選手は、実はドカベン史上最もすごい選手なのではないかと思います。
あの武蔵坊も、唯一恐れていたのが殿馬選手だったことからも、その潜在能力の高さがうかがえます。
・・というように、完全に自分の中で彼らが「生きて」いるのです。