しかし幸いにも、先日の大先輩との話で、分かりやすい例えを教えていただきました。
大変しっくりくる話だったので、ぜひここでもう一度紹介させていただきたいと思います。
(以下、彼の話の受け売りです)
例えば、紙の上や本などの上に書かれたものを読むことを考えましょう。
一番原始的な読み方は、どんな文字も図形も、印刷物の場合は単なる点の集合ですので、「なんだかよくわからないけれども大量の点が並んでいるなあ」というような読み方になると思います。
ところが、もう少し視点を上にあげて、その点の周辺を含めた集合としてその物体をとらえると、それが一つの「文字」であることが読み取れるはずです。
大
このレベルでは「ああ、これは大という文字だったのだ」という程度の理解ができます。
ところが、さらに視点を上にあげて、その文字の周辺の文字も組み合わせて読むと、それが一つの「文節」であることが読み取れます。
大嫌い
このレベルでは、「ああ、ここには大嫌いと書かれていたのか、そうか、大嫌いなんだ・・さみしい話だな」というような理解ができると思います。
ところが、もう一段視点を上にあげて、その文節の周囲まで組み合わせて読むと、それが一つの「文章」であることが読み取れます。
彼の前では素直になれなくてつい「大嫌い!」と叫んで逃げてしまった。
このレベルでは、「ああ、この人は大嫌いと言っているけれど、この文章の流れからすると、きっと本当は反対の気持ちなんだろうな」というように、さらに深いレベルでの理解ができるかと思います。
というように、この「視点を上にあげていく」ということを現実世界で物事を考えたり会話をしたりする際に適用すると、それが「抽象度を上げていく」ということに相当するというのです。
現実世界での会話などでは、例えば次のような「抽象度のレベル」があるかと思います。
ある男の人が「最近、人間の嗅覚について研究しようと思って、シャネルの香水を買ってみたんですよ」と言ったとします。
1)もっとも抽象度の低い、表面だけをとらえた聞き方では「ああ、この人の声は小さくて聞き取りにくい」とか、「声が低い」とか、単純に「音」としてしかとらえていない聞き方ということになると思います。
2)もうワンランク抽象度を上げて聞くと、「ああ、この人は日本語を話しているようだ」というレベルになるかと思います。
3)さらにもうワンランク抽象度を上げると「なになに?男のくせにシャネルの香水を買った?趣味悪い~」というようなレベルになるかと思います。
4)そしてもうワンランク抽象度を上げると「ああ、この人は真剣に人間の嗅覚を研究することに興味があるんだ。それを遂行するための一つの手段を遂行したんだ。研究家だな」というレベルになるかと思います。
5)もしもさらにワンランク抽象度を上げると「このように、人間の感覚について真剣に研究しようという動きがここ数年高まっていると、各種情報誌やニュースなどで聞くことがある。このような動きがさらに高まっていけば、人間の5感についての研究は、この数年で飛躍的に伸びる可能性がある」というようなレベルになるかと思います。
これは自分の主観ですが、現在の社会で行われている無数の会話の多くは、3)か4)くらいのレベルで解釈されることが圧倒的に多いように思います。
ただ、問題は3)のレベルで常に考える人と、4)のレベルで考える人が会話をした場合、お互いにかみ合わなかったり、悪くすれば不愉快な思いをすることが少なくないように思います。
これがもし、自分の身近な人や、職場での同僚などが自分の思考の抽象度と大きく上か下にずれている場合、コミュニケーションを取るのはかなり困難で、居心地が悪くなるのはあまり不思議ではないことなのだと思います。
かといって、自分と抽象度の合わない人とはコミュニケーションしない、という閉鎖的な生き方では、自分の世界を狭くしてしまうと思います。
おそらく重要なのは、自分の抽象度を客観的に理解し、また周囲の人達の抽象度もよく考慮して、お互いに近いレベルでコミュニケーションする(言い換えれば、相手を思いやりながらコミュニケーションする)ということが重要になるのではないかと思います。