久しぶりに今朝、母の夢を見ました。四十九日の法要以降初めてのことでした。
夢の詳細は忘れてしまったのですが、今日の日中に母のことを思い出すような出来事がありました。
裁縫をしなければならない事情ができたのです。
母は、もともとプロの洋裁家で、若いころは紳士服店に住み込んでオーダーメイドのスーツを作っていました。(※当時はスーツといえば基本的にオーダーメイドしか存在していませんでした)
紳士服の仕事を引退した後もずっと、作業服を作ったり、寸法直しの下請けをしたりと、実に50年以上も裁縫に関係する仕事を続けていました。
病気になる直前にやっていた仕事が、調理師の着る服や看護婦さんの白衣などを作る仕事でしたが、一年で1000着以上作っていましたから、これまでに何万人の人が、母の作った服に袖を通したかわかりません。
自分の母の自慢をしていれば世話はありませんが、母の仕事の丁寧さには定評があり、仕事が増えていく一方でした。
母も「仕事をしているとき(=洋服を縫っているとき)が一番落ち着く」と言って、いつも楽しそうに仕事をしていました。
さて、自分の話に戻りますが、今日うちの犬ちゃんが彼のベッドのシーツを破いてしまい、すぐに縫わないわけにはいかなくなりました。
カミさんももちろん洋裁はできますが、今日は休日ながらちょっとした仕事ですぐ出かけなくてはならず、縫物をお願いする余裕はありませんでした。
しかし、自分は軽く30年は裁縫をしていません。
しかも、小学生時代に「家庭」でやった縫物も、「こま結び」がうまくできず、すごく汚い作品を作って恥ずかしい思いをしたという記憶があります。
当然、「今やっても30年前と同様に失敗するに違いない」という思いが先に立ちました。
しかし、自分はあの母の、洋裁のプロ中のプロだった母の血を引き継いでいるのだから、できないはずはない、という思いが後から湧き上がってきました。
だから今回は「なぜこれまでうまくいかなかったのか」をよく研究することから入りました。
また、こま結びという技術の根底にあるものが何なのか、よく考えました。
糸が布をつなぎ合わせてそれを維持するために必要な力のかかり具合や、縫い合わせの加減などもよく考えました。
(高々 犬が破いたシーツを縫うだけで大げさな・・と言われそうですが)
すると、出来ました。
30年前には全然できなかったこま結びも、今やってみたら、最初の2、3回は失敗しましたが、それを研究して再トライしていたら、きっちりとできるようになりました。
それと同時に、「上手くできないこと」を「できる」ようになるために必要なプロセスが何なのかも再認識しました。
失敗した原因をよく研究し、その対象の本質をよく探究し、そして地道にトライを繰り返す。
そのプロセスを、目標にしていたことができるようになるまであきらめずに続けていれば、いつかきっとできるようになる。
・・・考えすぎかもしれませんが、ひょっとしたら母が、そのことを自分に再認識させるためにこの機会を作ってくれたのかも知れません。