抽象度を上げて物事を見る | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

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日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

先日、元同じ職場で働いていた大先輩とお会いして、食事をする機会がありました。
彼はいつも会うたびに有益な話をしてくださるのですが、今回もまたいくつかの興味深い話をしてくださいました。

その中でも特に興味深かった話は、「物事を解決したり理解したりする上で、もっとも適切な方法は、そのことをできるだけ抽象的にみることだ」という話でした。

ここでいう「抽象的にみる」とは、言い換えれば「全体像をみる」とか「遠いところに離れて見てみる」ということに相当すると思います。

分かりやすい例で言えば、ナスカの地上絵を見るとします。
ナスカの地上絵を、間近に見た場合、ただの石とか岩の羅列であり、まったく意味をなしているようには見えません。
ところが飛行機などに乗って上空から全体像を見ると、それが鳥の絵だったり、魚の絵だったりというように、地上で見ていたときにはまったく得られなかった「意味」が見えるようになります。

これと同様に、世の中で起こっている物事も、目先の部分だけを見ていると全くわからないようなことでも、全体像を見るように努めたり、抽象的に見ることによって、別の意味が読み取れたりするものだ、という話です。

例えば、すぐに暴力をふるうような人が身近にいて困っていたとします。
その人に直接、なぜすぐ暴力をふるうのか聞いても何も答えないし、彼の様子を間近で観察していても、ただすぐに切れて暴力に訴える、なんて危険な人物だ、これでは手の施しようがない、という結論に達して終わってしまうかも知れません。
しかし、例えば一歩視点を広げて、その人の生い立ちがどうであったかとか、これまでにどんな人間関係の中で、どんな生き方をしてきたのかとか、そういうところから大きく見ていくと、なぜその人が暴力をふるうのか、原因がわかる場合もあるかも知れませんし、そこから解決策が考えられるかも知れません。

会社の仕事なども、そのように抽象的に見直すことで、解決できることもあるかもしれません
例えば、自分が主催した会議で、誰からも建設的な発言が出なくて、ほとんど自分がステータスを淡々と言っているだけで、半分くらいの人は寝ているし、もう半分くらいの人は内職をしている、というような状況があったとします。(自分もそういう状況に何度となく立たされてきました
これを短絡的に、目先に見えているものだけを見て考えると、「なんてだらしのないメンバーだ。みんなやる気がなくて、協力しようという気持ちがない。こっちは一生懸命話をしているのに、まったく乗ってこない。解決策?あるとすれば、罰をつけるとか、もしくはメンバーを入れ替えるとか、そういうことしかないだろう」ということになってしまうのかも知れません。
しかし、少しだけこの現象を抽象度を上げて考えてみると、例えば「そもそもこの会議の意義は何で、その意義を満たすためにしなくてはならないことは何と何で、それに現在かけているのは何である」というような見方もできると思います。もしくは「人は、自分にとって有益である話には乗ってくるし、そうでない場合には乗ってこないものだ。ひょっとしたら、今の会議の形態は、メンバーにとって有益ではないのかも知れない。本当にメンバーが望んでいるものは何なのか、ヒアリングすることからやり直すこともできるかも知れない」といったようなアプローチもあり得るかも知れません。解決策は、きっとあるはずです。


自分の場合、つい抽象的に物事を見ることを忘れて、具体的というか、目先のことだけに目が行ってしまって、大局を失うことがあります。
そしてつい、目先の問題だけをその場限りの解決策で逃げかわして、結局後でもっと痛い目に会うということを繰り返しています。

そうではなくて、大先輩の言っていたように、物事を抽象度を上げて見る姿勢を保てるように気をつけていきたいものです。