ドラマ「アイシテル -海容-」 最終回 | 気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

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日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

自分はTVのドラマや映画を見る場合には、ほとんど録画してから後で見ます。
そうすればCMを飛ばせるし、自分が見たいと思ったときに見られるからです。

しかし、今夜は久しぶりに時間を調整してオンタイムでドラマを見ました。
それは、どうしてもこのドラマ「アイシテル -海容-」の最終回を見逃したくなかったからです。
何かの間違いでHDDレコーダーがうまく動作せず、最終回を取り逃したので見られなかった、などという不祥事を未然に防ぎたかったのです。
それほど、このドラマの結末を気にしていました。

殺人を犯してしまった9歳の子 の母と、その被害者である子の母。
その二人を中心とした、さまざまな人たちの心の変化の過程を描いたドラマだったのですが、このドラマのテーマは、「生きるとはどういうことなのか」ということだったと思います。

生きるとはどういうことなのか」「何のために人は生きるのか」 - これは、絶対的な答えのない人生最大の疑問であり、人生を通してその答えを考え続けるものなのだと思います。

このドラマの中で、一番印象に残ったシーンは、第一話でした。
わが子が殺人を犯したと分かった時、その父親は、「あの子を産んだのは間違いだったのかなあ」と現実逃避をするような言葉をもらしました。しかしそのとき母親は、きっぱりと「間違いなんかじゃない!」と言い切りました。父親は「だって、殺人を犯したんだぞ?それでも間違いじゃなかったって言い切れるのか?」と言いますが、それでも母親は「それでも間違いなんかじゃない」と言い続けました。
このシーンを見て、母親が子を思う強さがどれほどのものなのかを改めて感じました。

そして最終回の今回、そのセリフの続きをつなげるように「生まれてこない方がよかった命なんてない。命には必ず生まれてきた意味があるの」と母親は言います。
それは間違っていないと思います。

ただ、正直にいえば、自分にはまだ言い切る自信がありません。例え殺人を犯した人間であっても、生まれてきたことは間違いじゃなかった、生まれてきたことに意味があったとは。。
ただ、それでも、「どんな命にも必ず生まれてきたことには意味がある。無駄な命なんてない」というのは間違いなく真理だと思います。

まだまだ、自分自身、考え続けなくてはなりません。自分がこの世に生まれてきた意味と、この世で何をするべきなのかを。
おそらく、どんなに歳を取っても絶対的な答えは見つからないでしょうし、見つかったと思ってもまた考えなおしたりして、生きている限りいつまでも考え続けるのでしょうね。