おそらく人生の最大のテーマの一つであり、誰もが少なからず考え続けていること、それは「幸せとはどういう状態のことなのか」ということではないかと思います。
まず、人によって幸せを感じる要因が違うのは明らかです。
例えば「お酒を飲んでいる時が幸せ」という人がいる一方で、お酒が嫌いという人もいます。
また、お金や財産や地位があれば、すなわち物理的に満たされていれば幸せとは限らないということも、よく知られていることだと思います。
さらに、以前ならば幸せと感じられたことも、今では幸せとは感じられなくなってしまった、ということもあると思います。つまり、慣れてしまうことでそれが特別なことではなくなり、幸せを感じる要因ではなくなってしまうこともあると思います。
そう考えると、幸せの実体とは結局何なのか、分からなくなってしまいます。
しかし、色々考えていくと、幸せにはどうやら2種類あるようだ、という結論に達します。
それは、「表面的な幸せ」と「本質的な幸せ」です。
ここでいう「表面的な幸せ」とは、例えばちょっとしたお金を手に入れたとか、ヤマが当たって試験でいい点数を取れたとか、そういうたぐいの幸せです。基本的に、一時的なものであり、時間とともにその幸福感は薄れていきます。
一方「本質的な幸せ」とは、長年の努力がついに結果になったとか、自分の子供や家族に対する無償の愛情を受け入れてもらえる時が来たとか、そういうたぐいの幸せです。
さらに前の記事で紹介した「表層心理」と「深層心理」の観点から言うと、「表面的な幸せ」は「表層心理」が感じる幸せであり、「本質的な幸せ」は「深層心理」が感じる幸せということになると思います。
どうやら、「深層心理」が感じる幸せは、そう簡単に薄れることのない、深くて強い幸せのようです。
例えば、あるスポーツ選手が試合に臨み、勝利をおさめたとしましょう。
これがもし、相手のつまらないミスが決勝点になって収めた勝利だとしたら、まあ勝ったことは嬉しいと感じるかもしれませんが、心の底から充足感を得られるとは思えません。つまり、表層心理は一時的な幸せを感じるかも知れませんが、深層心理はむしろ煮え切らない感情を持つかもしれません。
逆に、その試合は実力が伯仲し、お互いの持てる力を完全に出し切って、そして最後の最後に決勝点になったのは練習で何千回何万回と繰り返して会得したプレイだったという形で勝利を手にし、敗れた相手も「いい試合ができてよかった」と満足そうに声をかけてくれるような結末だったならば、まさに心の底からの充足感を味わうことができて、いつまでも消えることのない幸福感を得ることができるでしょう。
おそらく、我々人間が求めている幸せというのは、そのような「本質的な幸せ」、すなわち深層心理が充足感で満たされるようなことではないかと思います。
そして、そういった充足感はいつまでも消えないので、その人のその後の人生を支える力になったりもすると思います。
高校時代に甲子園で力の限りを尽くしてがんばった球児が、その後の人生でその幸福感を生きる支えにして、たとえ野球選手以外の人生を選んだとしても、やっぱりがんばってさらに大きな幸せをつかんでいくという話は珍しくありません。
なにか行動を起こす時に、「これは心の奥底から充足感を味わえるようなことにつながっているか? 一時的な快楽のためにズルいことをしようとしていないか?」というような問いかけを自分にするように心がけたいと思います。