テレビに出ている専門家風のコメンテーターや知ったふりの芸能人、司会者


いい加減な放送の片棒担ぎだと、この人たちを責めるのは間違いですよね?


だって、お金を頂いているお仕事ですから、お金を払っている側に合わせないと仕事が無くなりますもん。


お金をもらっている以上、払ってる側に忖度するのは社会人の常識ですから・・・・


実際、話すこと以外でお稼ぎになっている、本物の専門家の方は、きちんとした意見を言っていますし、理路整然としています。


ま、感情論に頼って、自分たちの主張を盛り上げないと、主張が事実から乖離し論理破綻している以上、他に方法が無いでしょうからねぇ・・・


法律の知識も、議会の知識も足らなくて、テレビドラマと現実世界の区別もつかず、政治家は権力者であこぎなイメージを真実だと思い込まされている人達には、感情論の方が入りやすいですからね。


ちょっと勉強して、実情が分かれば、現実世界ではテレビドラマみたいな政治家は15年前に絶滅していることに気づくのですがね・・・


だから、今頃になって田中角栄氏が持ち上げられている・・・あの頃はマスコミによって悪の権化のように叩かれていましたが、当時、その功績に高評価を与えると右派だとか、金満だとか言われたのですけどね。


結局、真実なんて、そんなものです。


田中角栄氏が法律上、悪いことをしたのも事実ですが、日本の発展、特に日本海側の発展、地方の活性化に寄与したのも事実。


マスコミに踊らされた人たちは、さんざん叩いていましたが、そのリーダーシップ、実行力が近年、再評価されているのが、全てを物語っているでしょ?


当時、田中角栄を高評価していた人たちが、今、何を評価しているかを見れば、テレビに出ている人の発言の多くは飯のタネであると気付けると思います。


当時、ある官僚が角栄氏を、どのように評価するかを直接聞いた私は、今の評価が、ある程度は正当なものだと思っています。

パパのお腹は、僕の枕
柔らかくて気持ち良いんだよ!

という悠翔の声が聞こえて来そう。

久しぶりに送られてきた画像なのだけど、幸せそうだから・・・ま、いっか!(笑)


ちょっとした偶然で「いぬやしき」というアニメを観た。


見終わって、ふと感じたのは人間の性善説と性悪説、そして「デスノート」と根底は似ているのではないかと言うこと


極論、自分が「いぬやしき」の立場になったらどうするか?


たぶん、デスノートの主人公のように、自分の中の正義で世の中を攻撃し始めるのでは無いだろうか?


核兵器廃絶に同意しない国には、自らが持つ核兵器を自爆させて嫌でも核兵器を無くすように仕向けたり、領土問題のある場所には、双方がその領土領海に入れないようにしたり、領土侵略や圧政による自治区問題は圧政側が近づけなくなるまで攻撃するとか・・・


それは、相手側に取ってはテロであり単なる武力攻撃でしかないとしても、自らの正義基づきやってしまうだうう・・・それは力を持った瞬間から自らの善が悪と評価されても善だと思い込み行われる。


つまり自身では性善説でも他者からは性悪説となる人の矛盾というか、評価の違い・・・それが性善説と性悪説の違いなのではと感じた。


私が「いぬやしき」になったら、自分には被害が及ばないと思い込んで匿名で他者中傷したり、モンスター何とかいうのも、攻撃しちゃうんだろうな。


意外に、自分の暗黒面に気づいたのと、結局、自分も「やられない」と思うと何でも「やれる」嫌な人間の一人なのだと気づかされたアニメだった。(笑)


実は、私は、かなり、危険な人間らしい・・・。(笑)