睡眠不足の恐ろしさを理解した上で筆を取らずにはいられない。



Merry Christmas🎄

あまりにも田舎生活を送りすぎていて、クリスマスを感じることなく過ごしていた。完全に失念していた。


何を思ったのか、経緯も失念したけれど、

元恋人に回復の報告を年末の挨拶も兼ねて行った。


別れ際元気になったら報告する約束をしたため。

相手は忘れていたかもしれないけれど…


いつ言おうか、どう言おうか、

今更言うのも未練がましくて気持ち悪くないか、

ずっとこんな思いを抱えながら、もちろん未練も抱えながら悶々と過ごしていた。


だからこそ、このイベントのタイミングに肖って、

最後のけじめとして報告をした。

自分の中では当たり障りのない文章。


即返事が来たことには驚き。内容はいたって当たり障りのない、どこか業務的なもの。


他人行儀らしさが垣間見える文にやや傷心するも、

それも承知の上での連絡だったからそこまで深くは動揺しなかった。


最も感じたことはお互いに、もう別の世界を生きているということ。時間の不可逆性を痛感した。


自分の思いは当時のまま残っているけれど、おそらく相手はもう前に進んでいる。興味のなさが伝わった。


これ以上深読みしたところで自分が傷つくのみだから辞めた。辞めることができるようになっているのも成長だ。


傷心するのは自分に関心を向けてもらえないことへの寂しさだ。欲しい相手からもらえない愛情。


幼少期の親に求める愛情と近しいものがあるかもしれない。


自分を自分たらしめる、愛情。


だけど、その愛情がなくとも自分は存在する。

自分を卑下したり、相手を非難したりしたくなるけど、それはこの行き場のない自分の感情の発散手法の1つに過ぎず、実際に自分も相手も何も変わらない。


変わるのは自分自身の思い込み。

自分や相手に対する価値観や評価が変わり、

それらに対し感情が動く。


その感情のままに行動すると大抵後悔することになる。思い込みを実現化させてしまう典型だ。


だいぶ回復したからか自制心も正常に戻り、そつなく対応できた。


寂しさがどんどん湧き起こってくるし、その度に相手に対して怒りのようなものが込み上がってくる。


でもこれは単なるまやかしに過ぎない。

自分は勝手に傷ついただけなのに、もしかしたら脳が相を敵とみなし、本能的に攻撃しようとしているのかもしれない。


感情が動か時にこそ、一度深呼吸。



そしてどんな自分でありたいのかを再確認する。



今も昔も変わらない相手に対する愛情は、

未練といえば後ろ向きな表現になるが、

それほどにも高尚な思いだと捉えれば、

無理に捨てようとせず持ち続けて良いだろう。


むしろ、それほど相手を大切にできることを誇りに思うし、そんな自分が好きだ。



思い返しても全ての判断に後悔はないし、本当に人として素敵な人だった。だからこの思いは大切にし続ける。


思い出の品も捨ててないけれど、捨てたいと思わない限り、そのままにしておく。



現実を見て、受け入れて、財産にして、残しておく。



そして今回の行動で気づけたことは、

会社への未練は元恋人への未練の投影だったこと。

SNSも恋人探しのツールになっていたこと。

これらへの未練が自分の人生の足枷になっていたこと。



別々の世界にいることを感じた時、どこか吹っ切れた感覚もあった。各々違う道を歩んでいるのだと。


これから先その道がどう続くかは分からない。

もしかしたらまた出会う日が来るかもしれないし、

そうだといいなと思っている。



これからの道はこれからの自分が作る。

自分の人生の道。


改めて自分がどう生きていきたいのか、考えられるきっかけになったし、未練を断ち切るきっかけにもなった。


心の声が聞こえる気がする。


やっと乗り越えられた。

会社も。失恋も。心が軽くなるのを感じる。



ここからが新たなステージへの第一歩になる。



ちょうど認知行動療法のプログラムも終了し、

治療も離脱症状防止のための服薬になっている。


バイトを通し社会に触れる機会も増え、趣味も充実している。




本当にこれからだ!!



先日教会にてクリスマス会を行った際に

讃美歌を歌ったのだが、何故か涙が出てきた。

理由は今でも明確には分からないが、おそらく自分の中に神を感じたのだと思う。不思議な感覚だった。



そんな神の子、イエスキリストの誕生日(とされている)に映えある一歩を歩めることは光栄だ。



自分の生命に、支えてくれる人々に、

当たり前の毎日に感謝してこれからも歩み続ける🌟