量のムダには気づいても、質のムダには気づけない。
時間のムダも、金のムダも、量のムダには気づいても、質のムダには気づけない。
人間万事塞翁が馬
(以下、引用)
時間の浪費が、なかでも第一の、原理的にもっとも重い罪となる。(中略)
時間の損失は、交際や「無駄なおしゃべり」や贅沢によるものだけでなく、健康に必要な―六時間かせいぜい八時間以上の―睡眠によるものでも、道徳上絶対に排斥しなければならない。まだ、フランクリンのばあいのように「時間は貨幣だ」とは考えられていないけれども、この命題はある程度まで精神的な意味で妥当する。
※参考文献
マックス・ヴェーバー著、大塚久雄訳『プロテスタンティンズムの倫理と資本主義の精神』(ワイド版岩波文庫91)岩波書店(2006年11月)、293ページ。