今日は 左義長の日、市内の伊奈波神社では 朝の8時半くらいから 左義長に 火が付けられました。現在は 一日の間しか 行われないような気がします。記憶のなかでは 2日間のような感覚だったのですが 一日で終えるようでびっくりでした。夜の八時には総てが終了します。街なかでは 町内の神社では 伊奈波神社から 若い宮司職の神官さんを迎え 祝詞をあげます。お日待ちがあり 鏡開きもこの頃の記憶があります。この日は町内会の人たちの初顔合わせの日です。山川 今日は 朝から 伊奈波神社の方に左義長で焼くもの 正月のしめ飾りと 御守り 札などを持ち込みました。そういうものしか 焼く許可が出ません。焼き魚用の網に 餅を挟んで 釣りをするように 火の回りで 待っている人も勿論います。餅に付いた 縄などの焼いた煤が付いた焼き餅を食べると 一年の健康が叶うという願掛けの日でもあります。朝から よい天気ですが 夜は雪が降るらしい。夜更けの今は エアコンがあっても 空気が冷たく感じる。詰まり 雪の降る気温になりつつある。夜更け過ぎに雪へと変わるだろう。って感じです。昨日 町中を歩いていたら 今年初めてなのか 数百メートルのところにある横断歩道付近で 燕をみました。目の前を 右から左へ 1羽の燕が 低空飛行で靭やかに通り過ぎていったのです。その姿を追って 驚いたというか。山川 燕好きで 絹本にも描いているように 今年も 燕が岐阜の街に戻ってきたのを知りました。燕を見るのは 2月末くらいなのですが 今年はとても寒い割に この時期に飛来してきたのだと思った。何年か前から 山川の家のガレージを縫うように 燕が 北から南へ抜けていくそんな楽しみに出会います。揚羽蝶か 岐阜蝶も もう時期 飛来する時期になります。うちには猫は来なくて。母のいた頃は 椋鳥と猫が多く 笑ってしまいますが 抗がん剤でやられていたせいもあり 母的にはいつもムッとしてました。綺麗な野鳥が飛来すると信じてやまなく 裏の木の枝に 蜜柑を指して 待っていたのですが 最初だけメジロが来たとかで喜んでいたら 椋鳥に変わってしまったから 怒って 蜜柑を枝に刺すのを断念するような状態でした。山川のときは 揚羽蝶がきてたし シジミチョウも来るようになってました。蜜柑を刺さなくても 野鳥もシジュウカラとか セキレイが舞い込んだりしてて 何が違うのか 母の時は 抗がん剤の薬臭でもしていたかとおもうくらい 気分的に重くなるような野鳥が舞い込んでいたようでした。鳥も人を見分けるのではないのかね、と思ったりする。そうそう 山川ときは ツバメも来てるし 笑っちゃうほど 健康的な家になっています。そのツバメ 今年の飛来はとても早い。早春の頃が 今なのやも知れないですね。童謡の「早春賦」という 時期がそろそろきたのやも知れぬ。山並みが 真っ白。雪雲の立ち込める時期、これが今年の 早春なのだと思う。春先とは1月=睦月のことだもの。もう時期 蕗の薹と筍の収穫期。御吸物に炊き込みご飯。鰆の時期、、そのころに グリーンピースの豆ご飯。。その時期の食べ物は 胃と心が洗われるようだ。目が覚める豊かさの時期。初春を過ぎ 弥生三月には 院展の入選のニュースが飛び込む。山川は今年までは休養を取っているので 絵筆とかデッサンスケッチとか 今リハビリレッスン中。



靴を作る時の靴型を どこかの 古物倉庫から買ってきて いて そのデッサンスケッチをしていた。材質は描けるようになった。長年やっていたから 意外と復活も可能なのかなと ちょっと自信出てきている。未だ 本画には進めず 研究中の赤シリーズも 総てネタ切れで 4年前に この先死ぬと思っていたから まさかまた日本画を作ることになるとは 夢にも思わず、、グループホームに追い込まれて終わりだと勝手に自暴自棄になっていたのであるから ほとんど奇跡の復活。空っぽの頭の中と空虚な感覚の中に ずっといたから 絵が描けるのか 疑心暗鬼になっている。自分のプロフィールとかググるうちに 山川自身の 日本画会での存在が かなり強く固定されているのに 初めて気付かされることになる。院展でそんな騒ぎになっていることも露知らず 死ぬわけにいかなくなったなと 5月頃から思慮していたものの 流石に 嫌がらせを受けて 来る日も来る日も プッツンしていたのもあり 性格の角が取れたというか 迷彩色のような迷いが吹っ切れたというか 前に進める条件が生まれつつある。生きられる間は また 頑張ろうかなと ReLIFE着々と進めている。

山川令瑚