市内から 岐阜公園までを周遊する 小型電気自動車に乗る。柳ケ瀬で拾ってもらって そのまま 行き先の鵜飼乗り場の場所まで 乗っていく。街なかの雰囲気が 観光立国の準備に入っていることを知った。そういえば わたしの街は もともと 温泉地 鵜飼 花火も全国だったが 今は 全国花火競技大会という大きな花火大会に変わり 座席シートチケットがでてきているのを識る。コロナ明けから 全国花火競技大会に バージョンアップし 有料化に及ぶ。我々は大抵 そこには近寄れないので 遠目から愉しんでいる。子供の頃から 長良川の7月と8月の両方には 遠く大垣の花火大会と 揖斐川の花火大会の 大輪の花火を 観ることができた。花火大会とはお盆にやるもの。それが 岐阜市内は 主催者が 中日新聞と岐阜新聞の2回あった。それが統一化し 岐阜全体がやっと 本腰を入れ始めたのか 八月に配置される。朝顔から向日葵に変わる時期、カボチャと 天糸瓜が実る時期、胡瓜と西瓜の食べ放題の時期、そして 台風が押し寄せる前の 静かな時期、蝉時雨の騒がしい頃。お葬式のあとの 新盆供養の時期に入る。岐阜は カンテラではなく 岐阜提灯が 街なかを賑わせる。昭和のはじめ頃 イサム・ノグチが 岐阜に来て 尾関提灯の会社で 四角い スタイリッシュな 岐阜提灯を広めた。そういう場所である。和紙作りのデザイン性の高い 柔らかい光の間接照明を作った アメリカの 代表的な彫刻作家さんである。彫刻をインテリアに変えた わたしと同じく 日本画をインテリアとして使えるように 作っている そんなラフ感覚の 大きな夢を 持ち得ている。大きくて柔らかで 同じ感覚の人であった。ピカソみたいな顔だったよーななかったよーな。Lunchのオムライスを頬張りながら この文面を打ち込んでいる。

山川令瑚