南地 夜ばなし うさぎのうどん屋  2025.10.6 改編 孤老の樹々 | まいどーおおきに 河内の樹々の独り言
南地 夜ばなし うさぎのうどん屋 🉂

立ち飲み屋で耳にした。
「満月の夜にやな、どっかに現れる屋台のうどん屋、ものごっつう美味いがどこに出てるか分かれへん けどいっぺん食べてみ うまいで~」

男は師走も近い十二月のはじめ立ち飲み屋で熱燗を三本、行きつけのラウンジでビールと水割りを飲んで上機嫌で店を出た。
空を見上げると満月である。 
小腹もすいたのでうどんでも食べようと思い屋台のうどん屋を探した。
畳屋町から八幡筋、三津寺筋、宗右衛門町を堺筋方面に探して歩く。
散々探しまくっているうち、堺筋のタクシー乗り場付近で一軒の屋台を見つけた。
ちょうちんも何もないずいぶん古びた屋台だ。
木でできた長椅子が二脚あるだけの質素なつくりだ。
小さな植え込みがあり、うどんの鉢を持った酔客がこちらに背を向けてうどんをすすっている。
屋台の中では四十代半ばの色白の女が一人うどんを温めている。 
品書きも何もないのでためらっていると、
「月見うどんだけなんです、申し訳ありません」と言った。
満月の夜の月見うどんも風情があってよいと思い、男は月見うどんを注文した。
待っている間に手持無沙汰なので女を観察する。
色白で細面、一杯飲んでいるようなほんのりとした赤い目が潤んでいるのが色っぽい。
着物は紺地にうさぎ模様の小紋、大変珍しい柄だ。
後ろを振り向くと植え込みの縁に腰かけている客は小柄で猫背だ。そして耳が少し長いように感じた。
「お待たせしました」
月見うどんはとてもおいしいのでお代わりを注文しようとすると
「今夜は特別にお酒をお出ししましょう」と言って冷酒をグラスに注いでくれた。
この寒い時期に冷酒?と一瞬思ったが、卑しいかな手が出てしまった。
冷えたグラスを唇に持っていき一口飲む、喉元を過ぎ胃袋に到着する頃には、全身が冷えを通り越して汗が噴き出す。
その時食べ終わった客が鉢を返しにやって来た。
人間は一人もいない、スーツやオーバーを着たうさぎだ。

「なんでやねん・・・・・」

ふり向くと女はうすら笑いを浮かべていた。


                                                          お わ り

2025.10.6  改編 孤老の樹々