銀鋲号は、トーキア島に錨を下ろしていた。
双子の島とも呼ばれている、というのは。似た様な二つの島が並んでいる、といった話では無い。
そこまで大きくは無いが、それなりに豊かな島である。
現在の領主トーケル一族の初代当主は、双子の片割れだったという。そして、その子、孫と双子が続き。
その後もしばしば一族に、双子が産まれているという。
縁起が良い、とされているが。
現在の当主は、そうでは無い。
「目出度いんだろうが」
そういった事をエノシマに話しつつヒョウは、やや皮肉な表情を浮かべた。
「どっちを世継ぎに、するか…揉め事だよな」
エノシマは、笑わなかった。
ゴツゴツした岩場の岬が、二つ。
港の有る入り江を囲む様に、伸びていた。
海鳥の群れが、突端の辺りの上を飛び回っていた。
港自体は、然程の広さで無く。他に停泊しているのは軍船が、二艘のみだった。
港も船も中々良く、手入れされていた。
交易の拠点では、無い。
銀鋲号が入港したのも、風と潮の都合に過ぎなかった。なるたけ早く、クー・カザルまで戻りたいのがヒョウ達の、本音だった。
ただ、ヒョウに限って言えば。中休みにもせよ陸地を踏みしめられるのは、有り難かった。
アイカリアの貴族ライオレアの、来訪である。社交が様々発生するのは、言う迄も無かった。
城は、船着き場を見下ろす高台に有って。
武骨ながら、見栄えは良かった。
周りには、家並みが有ったが。街という程では無かった。
こうした場合に、護衛を務めるのは。
正規の職務であるジャノス達なのは、言う迄も無い。
ヒョウ達は、船に残っていても良かったが。
何となく、上陸していた。
船着き場自体は、しっかりした作りだったが。港町の活気は無く、乗組員の作業を島の兵士達が手伝っているのみだった。
城に入っていったライオレアが出て来るまでは、大分掛かりそうである。
草地の緑が、美しかったが。島には木々は、少なそうだった。
安心と不安、両方が有った。
イスキオールを狙っているらしい、謎の者達であるが。
こうして島の港に入っている時に、大勢で襲って来るというのは流石に、考えにくい。
一方で、少数の間諜や殺し屋を潜ませておくといった事は。島の方が、可能である。
もっともその場合、トーキア島に立ち寄る事を予見しなければならない訳ではあるが。
有りっこ無い、と片付けてしまう事の危険性は、ヒョウもアルトナルドも良く知っていた。
その時、湾口から新たな船が、入り江に入って来るのが見えた。
小型の、快速船だった。
アイカリアの王族としてライオレアは、こういった場は嫌いでも苦手でも無かった。
トーキア島の現在の島主ヴェロは、太って大柄の、髭を蓄えた人間の男だった。
常に相手を値踏みしている様な感じが、有った。
力強い武将に見えなくも無かったが、気弱な資質をライオレアは、感じ取っていた。
もっとも、決して愚かというので無く。もてなしの席もきちんとしていたし、退屈させる話しぶりでも無かった。
本当は、ヒョウ達も連れて来たい所だったが。
同席させていたのは、ケル船長だった。
ライオレアとしても、高い点を与えてはいなかったが。それとは別である。
取り敢えず、己を売り込まんとする様なお喋りをせず。大人しく、料理に専念している姿には可愛げも、有った。
緊張の為に、余計な頭が回らないでいるだけかもしれない。
状況は、家令らしき人物が突然入ってきて島主の耳に、何か囁いた事によって変わった。
「御許しを」
いきなり主が中座するというのが、異例なのは言う迄も無かったが。それだけ重大事なのも、明らかであり。ライオレアとしては、好奇心の方が先に立った。
「ガルランティアで、反乱の知らせが」
戻って来た島主は、求められている物に応える様にいきなり言った。
「大きな?」
「属領候の一人が、叛いた様です…帝国全てが揺らいだりは、しないでしょうが」
「名は?」
「カレ=ラン」
「聞かぬ名だ…しかし、嫌でも覚える事に成るのであろうな」
帝国ガルランティアは、セトの海に直接面してはいなかった。直ちに飛び火して来たりは無さそうだったが、大国の乱が影響を与えて来ない筈は無い。
「曾祖母は」
島主は突然、予期せぬ話を語り始めた。
「ガルランティアから、嫁いで来たのです」
「素晴らしい」
「第二皇家の、次女だったそうです…我が身には大帝国の血も、些かなりと流れております」
「どの様な、お方だったのだろう?」
帝国の政策として、婚姻による勢力拡充、保全という事自体は極めて、普通だった。ただ、それにしても此の島は。大国の皇族の一員が嫁ぐ先として、流石に、余りに僻地ではないかとも感じられた。
政策によって婚姻を決められるのは、宿命とは言え。流刑に処せられたと感じてもおかしくは、無さそうだった。
「かなり、奔放…自らの船を仕立てさせ、セトの海をあちらこちら、旅して回ったそうです」
「素敵だ」
「そんな訳で、ガルランティアの変事に対しては、気にしないではいられませぬ」
「当然だ」
やり取りは、他愛無い物に戻った。
暫く続いた落ち着きを壊したのは、再び入って来た家令だった。
前回よりも足早に島主に近付き、耳打ちした。
「真に!御許しを!御許しを!」
主が二度も中座するとなると、真に異例だったから。島主の謝り方に必死さが有ったのも、当然ではあった。
ライオレアとしては、好奇心が先に立った。
「なるべく早く、出帆したいだろうな」
「どの様な、厄介事ですか?」
「話が早い」
「見ておりましたから」
風が強まり、停泊中であるが船は、そこそこ揺れていた。
銀鋲号に戻るとライオレアは、直ちにヒョウ達を呼んだ。
当然、予期されている事ではあった。
ヒョウ達は、岸壁に着くやいなや小型船から、使者と見て取れる人物が急ぎ足に城に向かうのも、見ていた。
暫くして、島の奥の方から。早馬の兵士が一目散に、城に向かって行くのも目にしていた。大型の丸盾を背負い、腰の剣は大振りだった。
関わる事に成るのは、島の奥からやって来た知らせの方だろうとも。見当が付いていた。
「流石だ」
「お話を」
「レ・アダンの獣について、知らないなどという事は無いであろうな?」
ヒョウの表情は、変わらなかった。
(続く)


