実は随分前、それこそ私がまだ初々しい学生♡だった時分なんですが、道端で知らない人からいきなり「あんたは菊理媛とご縁がある」的なことを言われたことがありました。当時の私は、なんだ胡散臭いなと思っただけだったんですが、雑踏で突然そんなこと言われるのも初めてだし、漠然と気になっていたんですよね。
それで、ここ数ヶ月の出来事を機に、十一面観音さまや九頭龍さまを調べていたら、お二方とも菊理媛は関係があると知り。いつ行くの?今でしょ!と頭の中の林先生に後押しされて、夜行バスに飛び乗り金沢へ向かうことにしました。
ただ、実は直感的にはまだかなーと思ってたんです。いや、なんだろう来るなとは言わないまでもまだ準備不足だというか。でも集めた情報と期待感に抗えず行っちゃった感じで 笑
結果的には、色々と己の未熟さと至らなさに思いを巡らすよいきっかけを貰ったんですが、一時的にはけっこう、しんどかったです。
そんなこんなで急に七月のおついたち詣りをしようと思い立ったのが六月末。
毎年茅の輪くぐりをさせて頂いてる根津さんで夏越の大祓を済ませてから行けばピッタリ!と、まずは素戔嗚さまにご挨拶しにうかがいました。が、手を合わせるとなんか不穏な雰囲気がっ!
心配されてるような、顔をちょっと顰められている感じといいますか。厳しいひとだ、試練がある、まだ今でなくてもいい、云々。もやーっと禁止ではないがオススメしないぞーみたいなイメージ。。
いやいや、私の妄想じゃ?と、とりあえず御神籤を頂くと思わしくない内容。一気に「あれ、やっぱり行かない方がよさげ??」と重い気分になりました。
私のセンサーゆるゆるなので、やっぱり明確に言葉にされるとビビるんですよね。
でもバス予約しちゃったし!と思い切って出発。旅程は超順調で、「なーんだ平気じゃーん。」と金沢から鶴来を目指し駅に到着。とりあえずタブレットで駅から白山比咩神社までの道程を確認しました。
すると、ドンっとなにかがぶつかり私のタブレット、コンクリに垂直落下。我が友タブレットはその短い生涯を終えたのでした...。
で、なにに、或いは誰にぶつかったのかと周りを確認するも、そこにはなにも誰も見当たらず...。素戔嗚さまの忠告を思い出して、背筋に冷たいものが!と、同時に「言わんこっちゃない!」と呆れ顔の素戔嗚さまが脳裡によぎったり。
ほんと、帰路も宿泊先も決めずに来たので、途方にくれそうになりましたとも! 笑
でもまぁ、壊れたものは仕方なし!と凹みながらも出発。
白山比咩さまのお社への途中に、えもいわれぬ情緒を醸し出していらしたお堂があり...。そちらでゆっくりさせて頂いたのもめちゃくちゃ印象に残っているので、書いておこうと思います。
そのお堂にいらっしゃるのは鎌倉時代に岸に彫られたとされるお不動さま。元は別の場所で手取川が氾濫しないようにと見守って下さってたらしいのですが、明治時代に手取川の用水工事の関係でお不動さまの部分を切り出して現在の場所にお堂を建てたそうです。
そこのお不動さまの包容力が凄かった!!
タブレット壊して、それって白山比咩に来るなって言われてるのでは?とか、素戔嗚さまの忠告を無視した形になってるのでは?とか自分の不注意のせいでバカバカバカー!とか無意味なネガティブ感情が動いちゃってたみたいで。
さっさか歩いてる時には、強がってたのか、旅行が徒労どころかマイナスだったなんて思いたくなかったからか、そんなに意識できなかった負の感情が、お不動さまを見つめて手を合わせていると、スッと認識できたんですよね。
お不動さまの前で、ご挨拶をしている最中になんて失礼な!と更に焦るとおもいきや、認識した途端にそういう情動が焼き尽くされ、パッと燃えてあとはなんだかあったかい熱だけがじんわり残った感じがいたしました。
普通、神様や仏様、天使の皆様やなんかにご挨拶しようとする時はまず自分が出来る限り落ち着いたクリアな状態にならないと、諸々を感じられないんですが、お不動さまはその状態になるのを手助けしてくれた感じというか。できない時は本当にできない、或いは時間がかかるんですが、波切不動さまは一瞬でまやかしみたいな不安を斬ってくれちゃいました。
お不動さまは私にとって、今のところアグレッシブにいろんなことを伝えて下さったりなさらないし、やんわりと見守って聞いて、そこにいらっしゃってくださる、なんか心強い!という距離感で。今回も、私に向けた、或いは私が求めたというより、お不動さま自体のエネルギーフィールド(たぶん同心円状に拡がってる感じ?)みたいなものの影響で、クリアになったのかなーという感じがしました。
気軽に行ける距離にあったら通いつめてしまいそう。とりついている感情や価値観をフッと客観視する瞬間の気持ちよさはいつも痛快なものがあります 。まぁ、未だにこんなことにとらわれてーとため息をつきたくなる時もありますが 笑
あ、実はお堂自体にはなにかカオスな雰囲気です。でもそういう乱雑で猥雑なものもそのままに(矯正したり排除したりせず)眼差しを注いでらっしゃるようで、そこもお不動さまの度量というか、アウトローをも保護してくれるーといった類の包容力があって興味深かったです。優しかったです。惚れます。