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小説ブログ『破天荒ファミリー』

この物語はある家族の思い出をデフォルメして創造した【破天荒な作り話】です!いやいや実話を誇張したフィクションですって!

父ちゃんの声


今回、ある『写真家のコンクール』に応募します。そのキッカケになったのは生前の父ちゃんの言葉だった。


「この写真、コンクール出したら良いとこ行くぞ!」


3日前の6月25日、寝る前にふとその写真とその言葉を思い出した。




コンペにでない人


 しかし、いつも私はそういうコンペやコンクールを勧められても全く気が乗らなくて出なかった。 絵のコンクールも、絵本のコンクールも、企画のコンクールも一切。


以前《日本イベントプロデュース協会》の設立何周年記念かの全国コンペがあり、父ちゃんに三越時代の業者さんからオファーがあった時


「企画なら、今息子のハシルが良いわ!」と勝手に振られて、何かも分からずやる事になった。

26歳の時だ。


企画は伝説のLiveイベント『Mad Hall』解散した伝説のバンドを一夜限り、チャリティーとして復活させるという企画だった。

・キャロル

・ストレイキャッツ

・ブランキージェットシティ 

・ミッシェルガンエレファント

・ブルーハーツ

・ハイスタンダード

前夜祭には三大ドームで同時にこの伝説のバンドがライブをする!全部観たいのに、一箇所しか行けないもどかしさ(笑)


企画してる自分がワクワクしてたまらなかった。

しかしその企画書が面白かったからか、あれやあれやと企画が選考を通り抜けて最終選考まで行き!東京赤坂の大ホールで大手代理店の電博もいる何百人の前でプレゼンをする事になったのだ。


しかし結果は2位だった。

電博の人などが「素晴らしかった!」と名刺交換で僕の前に列が出来るほどだった。

それはそれは凄い事だったが、別にイベント屋でも当時はなかったから、その後の仕事に特に結ばれる事もなく終わっていった。


それ以来、何のコンテストにも興味がなく、勧められても右から左へ受け流していた。日本イベントプロデュース協会側にも誘われたのに、入らないという…


父ちゃんの写真コンクールの話も、そんな感じで「うん」と答えてはいたが、スルーしていた気がする。「親だから褒めてるんだろう。それにこんな俺のカメラの機材では勝てっこない。」そう思っていたからだ。


しかし今回、父ちゃんの言葉がなぜか引っかかったのだ。それは“今”というタイミングもあった。



今の自分のやりたい事


今自分は、写真家として仕事を築きたいと思っている。それは写真家のじいちゃんの意志を!父ちゃんの想いを!形にして、初めて《継ぎたい》と思ったからだと思う。


だから、写真家としてもっと知名度を上げたい!

しっかり仕事に繋げたい!と模索をしていた。

今の自分のやりたい事を形にする為に。どうしたらいい?



右から左に?受け流せない?


その日の昼間、ひろゆきさんがNewsPicksで【Chat GPTは12歳未満禁止にすべきか?】という議題でディスカッションをしているのを観ていた。


そんな安易な流れで、Chat GPTに自分の悩みを聞いてみよ!っと思い、軽く聞いたら思わぬガチな答えが返ってきたのだ。

その中の一つに「写真コンクールに出て、様々な人と繋がると良いでしょう」という回答があったのだ。


しかし私は先程言った様に、コンクールネタは右から左に受け流して終わっていた。


そしてその夜の、父ちゃんの言葉がフッと引っかかったのだ。


「この写真、コンクール出したら良いとこ行くぞ!」


何かが俺の中で繋がった。




一発で目に入ったコンクール


そして何げにスマホで検索した上部にあったコンクールに目が行った。


ジャンルは「ピープル」

30枚の写真をエントリー

締切は6/30


正にこれだ!と直感した。


しかし30枚?

残り5日…

動いてみよう。



早朝の三人


そして次の日の朝、起きてスグにInstagramで撮影させて頂いたある3人の方に連絡をした。


昨年撮影をさせて頂いた奉納揮毫の時の写真。

小川先生だった。


先生はスグにメッセージを読んで下さり、写真をコンクールに出させて頂く事を快諾して下さった!めちゃくちゃ嬉しく、この最初の流れが私の背中を押して頂けた。「先生ありがとうございます!」


次に同じ日に奉納揮毫された明和高校書道部と、全国…いや全世界で世界平和の奉納揮毫を主宰している宮本さんに連絡をしたのだ。


宮本さんはこの話を聞き、その日に「この写真をコンクールに出しても良いですか?」とわざわざ明和高校の書道部の先生を訪ねてまで、聞きに行って下さった。そして許可を頂いて下さったのだ。


もう本当感激だった。

「宮本さん!ありがとうございます!」


因みに宮本さんは、父が生前最後の最後まで大好きだったイカした男の人の一人で。私に宮本さんの話を楽しそうにいつも話していた!



交渉


そして私に火が付いた。

「父ちゃんが、やれと背中を押しているのか?これは見えないけれど、神がかっているかもしれん」


そして私の撮らせて頂いた「人(ピープル)」の写真。好きな写真に写る方々一人一人に連絡をし、コンクールに出して良いか?を交渉しに行った。


・七五三の撮影をした親友

・今は閉店してしまった愛する喫茶店のママ

・一緒に今生活介護で絵を描くアーティストさん

・大好きな大須の服屋さん

・大会前に撮影して欲しいと言ってくれたマッチョ介護士

・同じ名古屋で頑張る書道家アーティストさん

・そしてこの前撮影した山口の大企業さん、と交渉して下さった桑原さん


皆、温かく、快く「勿論!」と言って下さった。

写真の笑顔の様に、マジで温かい人達だった。


※この場を借りて🙏

街角スナップの写真は、誰かも特定出来ない後ろ姿の知らない方々ですが。作品として勝負をさせて下さい(笑)



あと家族の写真は

この写真を一番最初に持ってくるつもり。

『究極の愛』の写真だからね。

父ちゃんが亡くなった数分後の写真。


俺は記録として残さなきゃと、シャッターを切った。いつ何時も記録を撮れ。それが父ちゃんの教えだったから。


 


全部これは、父ちゃんが「仕組んだ事」だと思ってる。生きてる時から、死んだ後まで。


息子は42歳になり、まだ夢を見ているぞ。

それは必ず叶えるまで走るから、ハシルって名前なんだよ。


・写真家になって、皆の笑顔を残せる人に!

・地元名古屋で写真展をして、皆の人間愛をしっかり伝える人に!

・そして家族を支えられるアーティストになる事に!


勝負してきますわ!

皆の温かさをこの身に背負って!いざ!


皆様、力を貸して下さり本当にありがとう!!



良かったら私のInstagramで!

写真を是非見てみて下さい👍✨

シネマちっく写真家/あさいはしる