望むチカラ、望むヨロコビ | いい気分でいよう

いい気分でいよう

いい気分は、いい気分を連れて来る
いい気分でいるために、いい気分になりましょう

『いい気分はすべてを凌駕する』

思考と創造の最先端であるわたしたちが望みを出すと

同時にソースも拡大する。

 

 

ソースは拡大成長したいから、わたしたちに望ませる

 

 

望むことで源(ソース)が拡大するのだから

(最先端の)わたしたちもまた拡大する。

 

 

 

 

望みが湧くのは宇宙の一員として自然なこと。

望むことは宇宙の意図であり、わたしたちの神聖なミッション。

望むことは神の力といえる。


 

だから

望むと元気がでる。

 

 

だから

自由に望ませてあげよう。

 

 

 

どうせ出来ないから望ませない

ガッカリしたくないから望まない

傷つきたくないから望まない

望んだからにはやらなければならない

 

どれもウソ、真実じゃない。

 

 

こうだったらいいなと望む

こうなったらサイコーだなと望む

惹かれたら望む

憧れたら望む

わたしもそれがイイと素直に望む。

 

それでいいんだ。

 

 

宇宙のリソースは無限だから

遠慮はいらない。

限りをつくるのはいつだって自分

無限を受け入れるのも自分。

 

だからわたしは無限を選ぶ。

 

 

”足るを知る”は活力を奪う。

 

 

いいように望む

都合よく

気分よく

自分にいいように望む。

 

際限なく望む。

 

 

それが歓び。

 

 

 

これまでわたしは、望むことが苦手だった。

 

それは望むことに対する"ウソ"を信じてきたから。

 

さらに

 

足るを知る

欲を出してはいけない

何に対しても感謝する

 

といった "清貧マインド" をセットしていたから。

 

 

でも

ようやくそれらのビリーフを手放して

”望むこと”を歓迎できるようになった。

 

 

そうしたら

 

望むチカラ、望むヨロコビが湧くようになった!(嬉)

 

 

望むチカラを封じていると...

 

◎イマイチ元気がみなぎらない

 

◎ここぞで活力が不足する

(あと一歩の熱意がしぼむ)

 

◎何かと自分を二の次にしがち

 

◎ウキッとなってもすぐ火が消える

 

◎憧れを妬みに変換しがち

 

などの諸症状...

 

 

神の力だけあって

封じていたことの副作用も神レベル(笑笑)

 

 

気づけてよかった。

 

 

 

日々の瞑想のプロセスは抵抗を少しずつ手放す助けになり、やがては「ソースエネルギー」との同調が回復し、波動の転換点を経験することになります。

そうすると、突然幕が開いて、それまで見えなかった物事がはっきりと見えてきます。

それまでの混乱や不確実性の代わりに、「明晰さ」や「確実さ」、「自信」を感じて、自分でも深く納得するでしょう。

この根底的な感情の変化に気づくと、まもなくあらゆる面ですべてが改善されたことが現実としてはっきりとわかります。

そこまでいけば、どうして自分は長い間「ウェルビーイング」を自分で邪魔して平気でいたのだろうと不思議に思うかもしれません。

しかし、そこで自分を責めたりせずに、思い出してほしい重要なことがあります。

波動が変化するまでは、気分のいい思考にも、気分のいい感情にも、改善された状態にもアクセスできなかった、ということです。

すべては「波動」なのですから!

(エイブラハム「引き寄せの法則・瞑想CDブック」P107より)

 

 

 

本当に

こんなに肝心なチカラを封じていて

どうして平気だったのか?

と不思議でならないけど(苦笑)

 

そう

アクセスできんかった!

ということ。

(そりゃしゃーないわ)

 

 

地味で地道な ”抵抗外し” だけど

日常的に続けることで

徐々にでも必ず手放せる。

 

 

抵抗を手放せば

波動は自然に高くなる。