大桑少女スポーツ少年団 卒団式より
お母さんへ
色々とお母さんへの感謝のエピソードを考えていたときこれしかないと思い出したことを言葉にだして手紙にしてみました。
最近、私は母とよくけんかをする。また今日も、いらだちとくやしさと情けなさで二階に上がってきてしまった。家族5人で楽しく夕飯を食べていたのに、台無しにしてしまった。
自分が悪いということは、いやなくらい分かっている。でも心のどこかでは、うるさいなあ。と思っている自分がいる。そして結局、素直になれずにふてくされてしまうのだ。
お母さんは普段とても優しくておもしろい人です 。けれど、あいさつや言葉づかい、食事のマナーなどにはすごく厳しい。また、何事にも一生けん命な人だ。バレーがおわり一緒に帰ってくると疲れた顔も見せずに、てきぱきと家事をこなし私や弟に勉強を教えてくれる。
私たち家族のために、自分の時間をおしんで見守ってくれるお母さんの口ぐせは、一生けん命やりなさい、である 。いつも長続きしないで途中であきらめてしまったり、ダラダラと時間を過ごしている私はつい、お母さんと、ぶつかってけんかになってしまう 。そんなことが続いたある日、朝起きたら枕元にお母さんからの手紙が置いてあった。「 ゴミじゃないよ ー 。 」と
小さい頃に私が描いたお母さんの似顔絵だった 。
私の最近の様子のこと体のこと、そして最後にこう書いてあった 。「 ここみのことを考える時 、いつも申し訳ない気持ちでいっぱいです、ここみがいちばん母親の愛情を必要としている時にに、お姉ちゃんの事でいっぱいで全然一緒にいてあげられなかった。お風呂にも入ってあげられなかった。母親としてなんにもしてあげられなかった 。本当にごめんなさい 。
ここみは覚えてるかな?朝ここみと手をつないで歩く、あの幼稚園までの10分間がお母さん宝物でした。
いつもうるさくいってばかりでごめんなさい。
ここみには将来、自分のこと夢や大好きな人のために一生懸命に頑張ることのできる人になってほしいと思います。
涙があふれて止まらなかった。大きな声を出して泣きたかった。私は泣いている顔を家族に見られるのが恥ずかしくて自分のベッドから出られなかった。お母さんの気持ちは痛いほど分かっていたはずなのに、お母さんがこんなにもわたしのことを考えていてくれて大切に思っていてくれていたなんて…すごくうれしかった。
次の日の朝、私は一階に下りて背後からありがとうの代わりにお母さんにぎゅっと抱きついた。
お母さんはいつもの笑顔でおはようと言ってくれました。これからは素直になれる気がしました。
お母さん、私の6年間はどうだったかな…
お母さんの、がんばれの意味…わかっていたよ。
私、さいごまであきらめずにがんばったよ。
お母さん6年間ほんとうにありがとう。







