アポイ岳のかんらん岩(1):キプロスのリベンジ


 本記事は,2024.6.28の記事「キプロス国トロードス山塊の写真」の続編です。

 皆さんには興味がないだろうけど,地球の内部の80%を占めるマントルを地表で見たことはないですか? 8月の誕生石ペリドットは,マントルを構成するオリビンなのです。実は綺麗な黄緑~緑色をしているの鉱物で,その中にはダイヤモンドは勿論,サファイア,ヒスイ,ザクロ石等の宝石を含んでいろことがあります。マントルは地球内部の深部にあるので直接見ることはできませんが,マントルが上の地殻を突き破って地表に飛び出したかんらん岩は観察できるのです。

 

      

      早朝のアポイ岳(尖った山頂) 

 

    

  幌満峡から見たアポイ岳


 トロードス山塊では,上部マントルから海洋底の地殻(玄武岩)まで,一連の岩石が観察できます。そこは,世界中の研究者が同じものをみてで議論できる,貴重な模式地なのです。ユネスコの自然遺産でもあります。
 前回,私は現地に出向き,当地の地質図を見ながら,地質状況を確認しようとしました。が,専門家の案内無しの調査は,不慣れな土地勘と短い時間では,困難なものでした。最も失望したのは,マントルを構成しているはずの「かんらん岩」が風化し,蛇紋岩に変質していて,オリジナルな「未風化のかんらん岩」を観察することができなかったことでした。
 だから,帰国してから北海道様似町にあるマントルの露出地(アポイ岳)のかんらん岩を見に訪れたのです。トロードス山塊のリベンジ旅行です。

  
 アポイ岳のかんらん岩は,新鮮岩で産出し,オリジナルのマントルから(成分の溶出によって)分化した様々な種類のかんらん石が観察できることで,世界的に『幌満かんらん岩』として有名なのです。
 しかし,現地の露頭は表面が褐色に汚れていて,大きく破壊しないと内部の色や構造の状況が分かりません。一般人の岩石の採取が禁止されているので,大々的な露頭の破壊はできません。

 

  

              かんらん岩広場

 

図は様似町役場前に設けられた「かんらん岩広場-アポイの鼓動」です。アポイ岳に産する各種かんらん岩が展示されています。この広場が素晴らしいのは,山から採ってきてそのまま展示されているのではなく,大きな岩がカッターで切りそろえられ,表面が磨かれて,誰でも容易に岩石の内部を観察できるのです。勿論,各種岩石名も案内されています。広場の入り口にパンフレット(日本語,英語)が置かれてあり,自由に持ち帰りできるのです。このパンフレットはとても分かりやすく親切に作られた傑作です。
 なお,私は現役時代ダム基礎やトンネル現場で蛇紋岩には苦労したことがあり,大きな関心を持っていました。現場での蛇紋岩の認識は,堅硬で新鮮な蛇紋岩,膨張や剥落して工事に悪さをする葉片状蛇紋岩という,大括りでしか理解していませんでした。だから,幌満かんらん岩は,前者に相当します。

 皆様は専門ではないので興味がないかもしれません。実は現役を卒業した私でも今回は勉強になりました。パンフレットに従って,各岩石の説明をしてみますので,興味があれば見てください。

 

   

     かつてのプレートの構造(パンフレットより)      



【アポイ岳の形成】
  約1300万年前(第三紀中新世中期),北海道は古期北米プレート(現在と異なる位置にある)とユーラシアプレートの境に位置していました。太平洋側には中生代白亜紀から太平洋プレートが日本に押し寄せ,日本列島の下に潜り込んでいました。古期北米プレートは南西側に移動していて,その先の行き止まり(太平洋プレートとユーラシアプレートとが出会う場所)では,日高山脈が上に押し上げられ,ここにマントルが地表に出てきたのです。これがアポイ岳です。
ユーラシアプレートは古期北米プレートの下に潜り込んで,日高山脈は次々に新しい地層の上に衝上断層でのし上がりました。その後,北米プレートの境界は日本海側に移動して,日本海拡大の東端となっています。

 

  

          日本の地形 北海道(東京大学出版会)

 

       

          (パンフレットより)

 


そのようなことが,見てきたように,どうしてわかるのか?


 日高山脈の地質をしらべると,衝上断層によって,中生代白亜紀の地層の上に,海洋性地殻のオフィオライト(かんらん岩,変はんれい岩,角閃岩,緑色片岩)がのし上がっていて,さらにその上に,後から到着したかんらん岩(マントル)や海洋性オフィオライト,日高変成岩,花崗岩,ホルンフェルスの一連の地層が衝上断層で重なっているのです。かんらん岩から海洋性オフィオライト(はんれい岩や玄武岩を含む)一連の地層はトロードス山塊と同じ配列なのです。

【アポイ岳・日高山脈の岩石の成り立ち】
この水平的な重なりの順序を,地球内部方向に見代え整理したものが,日高山脈の形成を示すモデル断面図です。

 

       
             マントルからの岩石の分化(
パンフレットより)

 

 図では,かんらん岩から玄武岩質マグマの生成で地殻下部で深成岩(地下深部でゆっくり固まった岩)のはんれい岩ができ,そこからさらに中性岩の閃緑岩が分化することが示されています。海底にマグマが噴出したものが枕状溶岩,噴出までいかず岩脈止まりの岩がドレライトというわけです。片麻岩(トーナル質グラニュライト)は堆積岩が地下深部で溶けてマグマになったものです。一連の変成岩もマグマまでは至らない岩石で,花崗岩は閃緑岩やグラニュライト・ミグマタイトから酸性の深成岩として形成されます。ホルンフェルスは深成岩との接触熱変成岩です。
 一方,上部マントルと近くの境界にモホ面(モホロビッチ面)があります。この面を境にして岩石の密度が急に大きくなり,地震波が速くなります。地球化学的にとても重要な面です。
 以上,一般的な岩石は成分に金属の含有率が多い黒っぽいく重い超塩基性岩(かんらん岩)から塩基性岩(はんれい岩,玄武岩)・中性岩(閃緑岩,安山岩)・白っぽい酸性岩(花崗岩,流紋岩)とに分かれます。含まれる造岩鉱物(かんらん石・輝石・角閃石・長石・雲母の含有率)により岩石の色が黒色から白色に変わるのです。()内の最初の岩石は深成岩と言って,地殻深くでゆっくり固化したものですが,これとは別に産状が溶岩の場合は次の別名となります。

      パンフレットより)      

 

 【アポイ岳かんらん岩に含まれる鉱物】
 かんらん岩に含まれる代表的な造岩鉱物は次の通りです。
  ①かんらん石【(Mg,Fe)2SiO4】:最も多く含まれるオリーブ色(黄緑色~灰色)の鉱物
  ②斜方輝石【(Mg,Fe)SiO4】:あめ色(濃い褐色)の鉱物
  ③単斜輝石【(Ca,Mg,Fe)SiO3】:エメラルドグリーン(濃い緑色)の鉱物
  ④スピネル【(Mg,Fe)O(CrAl)2O3】:少量含まれる真っ黒い鉱物
なお,Mgはマグネシウム,Feは鉄,Siはケイ素,Oは酸素,Caはカルシウム,Crはクロム,Alはアルミニウムです。
  

    

         

 

   

      各かんらん岩別の含有元素の分布

                 +マントル,○斜長石レルゾライト(Nタイプ),◇斜長石レルゾライト(Eタイプ)

      ◆レルゾライト,□ハルツバージャイト,■ダナイト(脈状)

    新井田・高澤(2007):幌満かんらん岩体の層状構造とその起源.,

               地質学雑誌Vol. 113,補遺,pp.167-184.  

 アポイ岳にみられるかんらん岩の種類は,元々のクロムや鉄マグネシウムを多く含むマントルの源岩から,最初,まだ溶けていないマントルの斜長石レルゾライト(plagioclase lherzolite,主要鉱物=かんらん石,単斜輝石,斜方輝石,斜長石)から,最初に溶け出す斜長石と少しの単斜輝石が溶け出したレルゾライト(lherzolite),ほとんどの単斜輝石が溶け出したハルツバージャイト(harzburgite),マグマがマントル内の通り道で冷えるとき結晶化してできた,ほとんど純粋なかんらん石でできたダナイト(dunite)が見られるのです。
これらすべてのかんらん岩が,「かんらん岩広場」に展示されています。
これら主要のかんらん岩を写真で示すと次のようです。

 

             紫蘇輝石片麻岩

 

            かんらん石はんれい岩

 

            はんれい岩

 

             斜長石レルゾライト

 

           レルゾライト(白い筋はダナイト)

 

      ハルツバージャイト(白い筋はダナイトの貫入)

 

       ハルツバージャイト(白い筋はダナイト)

 

 


                                                              おわり