綾瀬はるか を 阪神タイガースから考える

 NHK大河ドラマ「八重の桜」以来,すっかり準県民扱いの綾瀬はるかさん。幕末セレモニーではなにかにつけ彼女を頼りにし,会津若松市に来てもらっています。映画の方では御年相応に女スパイやお母さん役など,役どころに広く使われています。そしてTVコマーシャルでも出番が衰えません。その人気は衰えません。
なぜか?!

 

    

      映画のパンフより

 最近,若い良質の俳優さんがむやみやたらとTVコマーシャルに出ている気がします。本人は一回きりのつもりで出たんでしょうが,そこはプロの世界,契約金のために,繰り返し,これでもかこれでもかと,我々が観ているドラマの佳境へ突然邪魔するように出て来ます。このようなコマーシャルは本人の人気を削いで逆効果です。コマーシャルばかりではありません。階段教室のような段違いの席に,名も知らないタレントが多数並べ立てられ,大声で作り笑いや浅薄な感想をわめくのです。それはタレント派遣協会(会社?)というプロダクション所属の人達なのです。所属プロダクションのマネージャの問題(金に弱いこと)でもあるのでしょう。何の定見もなしにどんな広告でも引き受けてしまう。そして,幾ばくかの上米をはねている。その繰り返しで,折角の若い才能の芽が新鮮さと青春の清潔さを失っているように思います。さらに,それで売れてきた息子や娘を世間が認めてきたと勘違いする親バカが裏にいる場合がある。そればかりではない。本人だって,余りの情け容赦がない使われ方をして,時に身体を休めたいと思っていても,1日休めば忘れられる,そういう作られた人気に恐怖を感じているのです。

 話が変わるけど,観劇に行くのは勿論上演している劇をみるのが目的なのですが,ファンの役者に会いに行くのが一方の楽しみのようです。そして同じ演目でもその日の乗り方によって台詞やアドリブが入ったり異なったり。その違いを感じるのが堪らないという通の人もいます。一方,台詞をフッと忘れて絶句したり,トチッたりしないかなぁ等と考えるのです。そんな時,その役者が見せる人間らしい,おろおろした姿に,その役者の「ぬくもり」みたいなものを感じるのです。これ,阪神ファンと同じですね。勿論試合に勝つのは嬉しいのですが,選手たちが失敗して負けて悔しがるのも,選手たちが身近に感じて嬉しいのです。
 これは一方的なファン心理なのですが,役者自身の性格というか素地というか,そういう何かを持っている役者は心温まるのです。
 逆に全くそういうことのないプロ職人の場合,何となくその完璧さにつき離されたような気持ちになります。みだりに仕事以外のことを話しない名人気質の人,それはそれで素晴らしいのですが・・・。野球でいえばそういうチーム,そういう選手がいますよね。

  綾瀬はるかさんの場合,映画やドラマでは,なかなかソツなく役をこなしているようにみえます。しかし,劇と同じ生放送のNHK紅白歌合戦でトチリをやってしまいました。
以前,NHKの司会アナウンサーが名前を間違えただけで,以後現場から干されてしまったことがありました。それがないように前日リハーサルをします。だから,それ迄,その以後,どの司会者も決してミスすることはありませんでした。
  あの時現場は全員真っ青になったのでしょう。
ミスの仕方があまりに開けっぴろげだったので,TVを観ている全国の視聴者もビックリしたし,彼女に一種の暖かい性格を感じた人も多かったと思います。
だからか,あの失敗は,彼女の「天然ボケ」「役者としての好ましい素地」として,例外的に沙汰にはなりませんでした。今出ている彼女のコマーシャルも,嫌味がなく,爽やかな物が多く,人気の逆効果が少ないですね。多分彼女の出演するドラマや映画でも,彼女の存在と素地が現場を和やかにするのでしょう。幸せな人です。

 新島襄の板倉安中藩が私の住む奥州泉藩から戻った藩であること,会津戦争の時城に籠って戦った山本八重。新島襄・八重と山本覚馬の同志社大学,札幌の高校から是非にと同志社大学を希望した娘,私が以前広島で働いていた会社が,綾瀬はるかさんの実家に近い所?だったこと等々。私はそのめぐりあわせから,どうしても綾瀬はるかさんを応援したくなるのです。
だから,年取っても,頑張れ!
                                                        おわり