知りませんでした:天文学者だった藤原定家

 藤原定家は,藤原俊成の子で,古今和歌集や新勅撰和歌集の撰者の一人,和歌の名匠として一代を風靡した人です。鎌倉幕府と親密な九条家,西園寺家と縁故深く,源実朝の和歌の師で,古事記等数々の写本の校訂を成し遂げた大学者でもあります。日記「明月記」の著者。後鳥羽天皇の知遇を得てから官職を退くまで60余年,最後の官位は正二位権中納言でした。以前本ブログで記しましたが,時の権力者の後鳥羽上皇が嫌いで,彼が主催する歌会に反抗したり,行幸をサボったりして謹慎させられたり,頑固ながら一本筋が通った方でした。江戸時代に本居宣長が「古事記伝」を研究できたのも,藤原定家のお陰です。
 驚くことに,一流の知識人であった定家は,和歌に止まらず,優れた観察力と判断力を兼ね備えた科学者でした。それは現代の天文学会でも認めているところです。
 2019年3月に,「明月記」が,第一回日本天文遺産に認められました。選定理由は,望遠鏡使用前に裸眼で観察された超新星記録は7例ありますが,このうちの3例-寛弘3年,天喜2年(1054),治承5年(1181)が「明月記」に記載されています。その他,日食や月食,オーロラ等の天文現象についての記載があり,天文現象の古記録としてきわめて重要な意義を有する。天文学の専門的な文献資料ではないが,記されている様々な天体現象の古記録は,近代科学に貢献したことも含め,歴史的に非常に大きな価値を持つものである。以上のことから,明月記を2018年度の日本天文遺産に認定する,とされています。
 だから,藤原定家だって天文学会で一流の科学者だと認知されたことに驚いているでしょう。

 

                        

      カニ星雲の超新星          X線天文衛星「すざく」 

 いまはカニ星雲として知られている明るい天体があります。
 アマチュア天文家の射場保昭氏が,昭和9年に「明月記」の寛弘3年4月2日(1006年5月1日)に記載されている超新星(太陽よりも質量の大きな星が寿命を迎えて大爆発する天体現象)を海外誌「Popular Astronomy」に発表しました。以後,明月記の天文関連記事は一躍世界的に注目され,その後も多くの天文学者たちによって研究が続けられてきました。なかでも寛弘3年の超新星(SN1006)は太陽と月以外では人類観測史上最も明るい天体として知られ,「明月記」には4月2日の深夜,南の低い空に現れ,連夜見られたとあります。平成18年にX線天文衛星「すざく」により,SN1006が撮影され話題になりました。また,射場の研究に触発されたオランダ人研究者のオールトにより,治承5年に,それまで見えなかった場所に突然現れ,一定の期間の後見えなくなった客星が,カニ星雲で爆発した超新星であることを突き止められました。

 

      

                     寛喜2年11月8日の日記の記載

   客星の問い合わせを陰陽寮の天文学者安倍泰俊朝臣に問い合わせしている。


 藤原定家は単に天文現象に強い関心をもっていて,時々陰陽寮に所属するプロの天文学者に客星等天文について,問い合わせして(寛喜2年11月8日の記事),過去の記録に基づいて自身の観測結果を実証的に解釈しようとしていました。

 恥ずかしながら,私はこの記事に出会うまで,陰陽道を映画の影響でよく調べもせず,オドロオドロシイ超能力者・妖術使いという偏見を持っていました。実体は過去の天文現象を代々研究記録し,現代の天文学に通じるプロの天文学者達だったのですね。

  

 

  

   元久元年1月19日と21日,29日(建仁4年)のオーロラの日記記事


 藤原定家は星ばかりではありません。オーロラについても詳しく観察していました。建仁4年(元久元年)正月19日の記事の原文と解釈分を添付しました。
 日没後,北及び東北の方向に赤気(日本のオーロラは赤色になる)が発生したという。その赤気の根元の方は月が出たような形をしていて,色は白く明るかった。その筋は遠くへと続き,遠方の火事のようだった。白気が4,5箇所,赤い筋が3,4筋ほどあらわれたが,それは雲でもなく,雲間の星座でもないように見えたという。光が少しも翳ることのないままに,白光と赤光が交っている状況は,定家には不思議に見えると同時に強い恐怖を感じさせた。建仁四年正月21日にも北および北東の空に現れたという。

 

 片岡(2020)P34の図

オーロラは時局がずれているので,日本では観測されにくい。

 


                                                                         おわり


この記事内容は,主に,岩橋清美・片岡達峰(2019):オーロラの日本史(平凡社)と片岡達峰(2020):日本に現れたオーロラの謎(同人選書)の内容を転載使用しています。また,「明月記」は国書刊行会(平成3年6月25日第12刷発行)によります。