ブランドで判断してはいけない:袴田事件
以前,私は袴田事件については,新聞記事の冤罪事件という見出ししか知りませんでしたが,映画「BOX 袴田事件 命とは」(監督高橋伴命 主演萩原聖人)で事件の内容を知りました。驚くことに,その映画は私の家から(GooglaMapで計ると丁度)90m離れた隣組の味噌製造販売店の工場で撮影されたものでした。映画の場面に既視感のある工場,母屋があり,エンドロールに撮影が「いわき市の吉田商店」という名前が出てきて驚きました。その工場は私が子供の頃遊んだ場所だったのです。それも,事件のキーとなった「味噌樽」で。
ロケ地:上:東日本震災前の映画の母屋と工場(左側)
下:東日本大震災後に工場が倒壊した後の母屋
そのひっくり返るほどの驚きは,本ブログ2021年11月13日の記事『驚き,映画「BOX 袴田事件 命とは」に書きました。子供の頃の遊び場の思い出を主に書いたのです。
事件の主人公は第一回地方裁判所の判事(萩原聖人さん)が,無実を確信しながら合議制の多数決で破れ,死刑の判決文を抵抗した揚句,無理やり書かされたのです。良心の呵責と苦悩のあまり退職して弁護士となり,被告の無実冤罪を追及していくというものでした。裁判は起訴時決定的な証拠(事件時に来ていたパジャマ)として提出されたものが,起訴1年2か月後に味噌樽底から出たという新証拠の5点の衣類に差し替えられました。その証拠というのが,長期に味噌の中に入っていたというのに白く(実験では20分もすれば味噌色に変色),公判中袴田さんにズボンを試着させると太腿が太くて履くことが出来ないというお粗末さ! そういう無茶苦茶な差し替え証拠で袴田さんは死刑の判決を受けたのです。いくらなんでもそれはないでしょう。有罪にした他の2名の常識が疑われる。そんな疑問が記憶の底に残りました。
最近(2023年)再版の尾形誠規著「完全版 袴田事件を裁いた男」(朝日新聞出版)で調べてみました。主人公の熊本典道判事は,不本意な死刑判決を書いたことに苦しみ,酒におぼれ,二度の家庭崩壊,病気・・死。映画と異なり壮絶な一生でした。そして最晩年に自分が書いた死刑の判決文は誤りだったと公開の場で告白し,袴田受刑者に(公務員の守秘義務を破ってまで)謝罪するのです。
もし,貴方が同じ立場に置かれたらどう行動するでしょうか?
熊本氏は司法試験を主席で合格した,少しのミスでも自分を許せない潔癖な人でした。
その本には,私達が知らない裁判制度とその欠陥ばかりか,誤審裁判官,再審拒否判事,登場人物が手厳しく実名で語られています。
私が知らなかったことは,一審の判決のウエイトは非常に重いということでした。一般に三審制(地方裁判所,高等裁判所,最高裁判所)によって冤罪を防げると信じられています。しかし,現実には警察や検察が大それた証拠隠滅や捏造をするはずがないという先入観や,裁判で使用された証拠は警察や検察に都合が良いものであり,弁護側には証拠リストが公開されないため,検察有利の限られた証拠だけの控訴審となって,真実に達するのは難しくなっています。また,裁判官の資質にもよります。資質とは,検事(或いは権威ある有名な裁判官)が出した証拠・判決が間違ってしまうはずがないと信じてしまう人「迷信型」(3割),オカシイと思っても決断できず結局有罪の判決文を書いてしまう人「優柔不断型」(6割),自分で考えてオカシイと思ったら決然と無罪判決を出す「熟慮断行型」(残り1割)です。袴田裁判の第一審にあたった裁判官は,裁判長は優柔不断型,左裁判官は迷信型だったようです。国家機構の無謬性と高名な裁判官や先輩裁判官(ブランド)が下した誤審への忖度が,無実の死刑者を生んでいます。そして,再審に対する検察の即時抗告,再審の期限の規定がないことが,裁判官の逃避,怠慢を生んでいる。
また,一見訊問の可視化が,自主的に自白した証拠に故意に使われる,という現実があります。録画公開が義務付けられているのは逮捕後の訊問だけで,任意の訊問にはないことを利用して,任意の取り調べ段階で被疑者を暴行・脅迫し,諦めた被疑者を逮捕後の録画で,”自主的な自白”と記録するというのです。そういう,数々の手口が列挙されていました。一方「宣誓神話」によって作られた冤罪がいくつもあります。取り調べに当たった警察官は宣誓の上でも嘘の証言をします。その偽が検察官に利益なものであるかぎり,偽証罪で検察が起訴することはありません。このことを知っているので,宣誓の上でも平然として嘘をつくのです。
袴田さんの支援者の一人は,警察や検察が,こんなに信じられないことをやるんだという驚きと発見,そこにドンドンのめり込んでいった,と話していました。
私は,映画で受験とその手口を確かめたく,再度レンタルビデオ店(GEO)を訪れました。しかし,現在は店頭に置いてませんでした。古くなって置いてないのです。
仕方がないので,TVドラマ「イチケイのカラス」(竹野内豊,黒木華主演)を借りました。このドラマは,本の巻末参考資料の中で,一度は熊本裁判と同じ経験をしながら立ち上がり,以後その反省のもとに冤罪をなくしてきた木谷明裁判官が,推奨しているのです。
以前観賞した時は,(現実的ではない)奔放な裁判官と頭が固い女性判事のファンタジー裁判物としか感じられませんでした。今回も特段興味がなく,「袴田事件」が無かったので借りたのです。
ところが,内容がまるで「完全版 袴田事件を裁いた男」だったのです。奔放に見えた行動は,裁判官の職権主義の独立(如何なる国家機関も,指揮監督その他の干渉を行うことができない)として規定・明記されているのです。勿論,裁判官の執務振りは,司法行政上の監督を受けるが,裁判の内容に影響を及ぼすことは許されないというのです。
配役は冤罪を防いだ実績のある実在の裁判官をモデルに使い,彼等が採った行動,その時語った言動が本から採り込まれています。まさに,TVドラマは,”裁判官は現場に赴き,自分の目で確認すべきだ”を実行しているのです。
皆さんも,興味が有ったなら確かめてみてはいかがでしょうか?
最後に,袴田さんは元日本ボクシング・フェザー級6位のボクサーでした。F.原田さんから歴代の有名ボクサーが真剣に支援に関わっています。最近話題の世界ボクシング4階級制覇,P.F.Pの王者井上尚弥選手が所属する大橋ジム会長の大橋秀行氏も,世界タイトルマッチの多忙の中,袴田巌の無実を晴らす運動しています。応援しましょう。
おわり