人が「人として」その人の人生を生きるのは、「自分が設定した課題をクリアーしながら、成長する為」である。
なぜそれが必要なのだろうか?

「神」とは一般的な解釈でほぼ間違いない。つまり「森羅万象全て」である。ただ、一般的には「神は人とは別の存在」として解釈されている。だからこそ、神頼みをするのだ。神社仏閣に行き、祈りを捧げるのだ。
しかし実は「神は人の中に在り、そのすべてを担っている」生命を維持し、思考をさせ、行動させている存在こそ、神である。我々の中に神はいるのだ。

文字通り、神は全てである。我々とて、その「全て」の中に入る。ところが、人は自らの神に対する認識に過ちがあることに気づかない。そればかりか、「神と人は別である」という認識に立ち、神と人を別離させているのだ。

それでも神は人を愛し、生き抜く力を与えてくれている。誤った認識を基に、互いに傷つけあい、時には自らの命を断ってしまう過ちを犯し続ける我々に、なお力を与え、見捨てることはしないのだ。
何故か?

我々を見捨てることは「自らを見捨てること」だからである。