自己の自覚でさえままならないのに、まして「誰かを自覚させる」ことなどできるはずがない。

各々が自覚をしていけば、それでいいと思う。

なぜなら「学びは各々違うし、人生も違う」からである。
同じ自覚を求めるなら、一人でよい。それをわざわざ性別も、性格も、環境も違えて生きてゆくのは、「それが必要だから」に他ならない。

ならば、他人の人生を羨望するのではなく、自らの人生を受け入れて、堂々と生き抜く方が、「らしい生き方」ではないだろうか。

私は「男は男らしく、女は女らしく」が素晴らしいと思う。