内容は伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」という測量と地図の作成という大変な仕事の物語。

将軍吉宗は日本の暦の精度が非常に良くなく、日食や月食の予測をしばしば外してしまうということでもっと精度の高い暦を作りたいということと、海外から船がやってきたりしているので、日本の領土の形を知らなければ、国を守るためにも、正確な地図を作り国防を図りたいという念願を持っていたが、実現できないまま世を去ってしまった。吉宗の2つの念願を叶えるべく老中松平定信は堀田摂津守正敦に天文方支配を命じた。

九十九里の漁村の網元の神保家の3男として育った忠敬は佐原の豪農の婿養子となって、家業を継ぎ、家業の衰退を止め、発展拡大させ資産を蓄え、息子に家業を譲って隠居となって江戸に出てから、好きだった天文の勉強をはじめたのだからすごい意欲と気力だと思います。

私だったら楽隠居でのんびりとゆっくり暮らしていたいという心境ですが・・・。


56歳から16年かけて日本の沿岸を脚で測量して地図を作ったのだから、その体力と気力はスゴイということしか言えない。シニアパワーの代表みたいだ。

長い期間毎日毎日歩いて測量を続けつる、それはもう想像を超えて、ただ感心するばかり。
本書を読み進むにつれ、暦の改良を託された師匠の高橋至時と地図託された弟子の忠敬との緯度1度の距離についての意見主張の闘いは忠敬の計測からの算出値が正しいとわかるまで、師と弟子とというよりも科学者として真の値を突き止めようという意地の張り合いというかその葛藤は計り知れない。



命をかけ必死に地図を作り上げた忠敬の地図は伊能図と呼ばれ、三角測量で日本全国の地図が完成する昭和4年まで使われたそうだ。それほどにすばらしい出来栄えだったのだからスゴイとしか言いようがない。

日本にはスゴイ人が過去も現代も大勢いるということですね。
色んな人のおかげで日本の歴史が作られてきたのだです。

こんな素晴らしい国なのになぜか世界には目立たないし通用しないようだ。
外交というかコミュニケーションをとるのが下手なんだそうだ。


高齢化社会の日本これからどんどんシニアの出番が増えるだろうが、シニアの一員としてゆっくりとのんびりとしていてはもったいないような春の陽気。さあ今日は何をしよう…。
とりあえず図書館に、この本を返却しに行くことから始めることにする。