11月28日日曜日の朝、陣痛促進剤の使用に関する同意書にサインを求められました。嫁が写真を撮って送ってきたので、ベトナム語で簡単に説明しサインするよう嫁に伝えました。陣痛がなかなか来ないので薬を使うことになったようです。


 点滴で陣痛促進剤を体に入れます。すると、たしかに陣痛は起き、嫁は激痛に襲われました。ところが子宮口はあまり開きません。子宮口が開かなければ分娩はできません。

 嫁は痛みに耐えられなくなり、途中で陣痛促進剤の点滴を中止してもらったそうです。

 


 私は病院に入れないので、メッセンジャーを通じて励ますことしかできません。コロナ禍でなければそばについていてあげられるのに……。


 夜になってノンストレスチェックが行われました。胎児の健康状態を調べるためのものです。
 その後、嫁のメッセンジャーを通してお医者さんと話をしました。話の中身は次のようなことでした。陣痛促進剤を使ったが子宮口が3cm~3.5cmしか開かない。ノンストレスチェックの途中で赤ちゃんの心音が弱くなることがある。すでに昨日の昼前に破水していて羊水が少なくなっている。そういうことを考えると、明日まで待たずに帝王切開をした方がいい。


 何時ごろになりますかと聞くと、今からすぐに始めますとのこと。急いで病院へ向かいます。またタクシーを使いましたが、今回は道が空いていて10分くらいで病院に到着しました。


 夜間・救急用の入口のインターホンを鳴らすと、入口を開けてくれました。中に入ってナースセンターに向かいます。


 嫁はすでに手術室に入っていました。さっきまで嫁がいた待機室で執刀医の先生から帝王切開の説明を受け、私は手術の同意書にサインしました。手術が始まれば10分くらいで赤ちゃんは取り出され、手術自体は30分くらいで終わると看護師さんから教えてもらいました。


 あとは待つだけです。


 手術が始まったのは夜9時ちょうどくらいでした。何もすることのない私は、初めのうちはスマホをいじっていましたが、文字を読むことに集中できないのでそれをやめ、スマホを手に持ったまま椅子に座っていました。


 手術の様子はまったくわかりません。時間がたつにつれて不安が募ってきます。何か問題があったんじゃないだろうか。赤ん坊は大丈夫なのか。嫁はどうなっているのか。


 9時20分に声が聞こえてきました。それを聞いて最初に思ったのは…「カエル?」。実際カエルの鳴き声のような声が3回聞こえました。少し間をおいて、今度は明らかに人間の赤ちゃんの泣き声が聞こえます。


「ああ、生まれたんだ!」
 胸の奥からこみ上げてくるものがありました。けれど、泣き声は私のイメージしていたものと比べて弱々しく、しかも少しして途切れてしまいました。


 大丈夫なのか?
 生まれたばかりの赤ん坊は大声で泣き続けるんじゃないのか?
 あんな小さな泣き声で、しかも泣き止んでしまったというのはどういうこと?


 その後再び泣き声が聞こえるようになりましたが、断続的であまり大きな声ではありません。


 9時40分ごろにドアが開き、看護師さんが赤ちゃんを抱いて待機室に入ってきました。父と子の初めての対面です。

 


 タオルにくるまれている赤ちゃんをのぞき込むと……なんかすごく可愛いぞ。もっとサルみたいな顔なのかと思っていた。


 写真を撮ってくださいと言われて、あわててスマホで何枚か撮影しました。そして、はい、抱いてくださいと赤ちゃんを渡されます。「えっ!? 私が?」心の準備ができておらず、おっかなびっくり受け取りました。赤ちゃんの抱き方なんてもちろん習ったことはありません。落とさないように、首を動かさないようにとだけ考えていました。


 バスタオルでくるまれていて首のところもしっかりしているので、私のような初心者でも大丈夫でした。けっこう重いです。また、温かさとほのかな快い香りも感じられました。


 髪の毛がかなり生えていたのに驚きました。生まれたてのときは髪なんてあまり生えていないものと思っていました。


 私が看護師さんから受け取った直後に赤ちゃんは泣き出しました。しかしすぐに泣き止むと、じっと見つめる私の目を見つめ返してくれました。


 私は今まで決して子ども好きではなく、甥や姪も特別可愛いとか愛しいとか感じたことはありませんでした。しかし、自分の息子を抱いて、その目を見たときには、愛しさがこみ上げてきました。


 私に抱かれている赤ちゃんを看護師さんが写真に撮ってくれました。
 撮り終えると、私から赤ちゃんを受け取り、看護師さんは再び待機室を出ていきました。指示を受け、嫁の荷物を持って私は隣の部屋へ移動します。そこには手術を終えたばかりの嫁がベッドに寝ていました。


「ありがとう」と嫁に声をかけます。嫁はホッとしつつも少し疲れた表情です。手術中の様子などを話してくれました。全身麻酔ではないので意識ははっきりしていて、産声もちゃんと聞こえたそうです。


 10分もしないうちに看護師さんが入ってきました。手術直後だから起き上がることはできないけれど、体の向きを変えるのはいいことなので、それを伝えてほしいと言われます。また、帝王切開なので入院期間は5日間から8日間、その範囲内で自分たちで退院日を決めてくださいとのことです。
 嫁にベトナム語で説明しました。看護師さんはまた部屋を出ていきます。


 嫁の手を握りながら話をしました。
「けっこうハンサムだったな。オレに似なくてよかった」
「今夜はここに泊まっていくの?」
「それはできない。もうすぐ追い出されるよ」
 看護師さんがまた入ってきて、退出を促されます。


 ゆっくり休んでと嫁に言い、私は病院を後にしました。

 11月27日の午前、「水が出た!」とトイレから嫁の声が。「羊水か?」と聞くと、「わからない」。


 嫁はパンツを履き替えましたが、履き替えたパンツにも漏れ出たものが染み込みました。

 嫁がベトナムのお姉さんにメッセンジャーで伝えると、すぐに病院に行くように言われます。


 破水なのかそうでないのか、そうでないとしたら何なのか、まったくわからない私はただうろたえるばかり。病院からもらった冊子を引っ張り出して、出産の兆候について記載されているページを開きます。


 破水かどうかよくわからないときは病院に電話するようにと書いてあるので、とにかく電話をしてみます。「破水かどうかはわからないんですが」と電話に出た人に伝えると、病院に来てくださいとのこと。今すぐ家を出ると病院に着くのは昼休みになるので、13時過ぎに行くことにします。

 入院時に必要なものは前からカバンに詰めて用意していました。


 スマホアプリのGOでタクシーを呼びます。最初は7分後に到着と表示されていたのに、着いたのは15分くらいたってからでした。道が混んでいるみたいです。


 万が一羊水が漏れてもタクシーを汚したりしないようにブルーシートを敷き、さらにバスタオルを敷いてから嫁を乗せます。ボストンバッグとトートバッグを1つずつ座席に置き、最後に私が乗り込みます。

 


 乗り込んではみたものの、渋滞で車はなかなか進みません。平日の真昼間にこんなに車が走っているなんて思ってもいませんでした。空いていれば10分で着く道のりを20分くらいかかってようやく病院に。


 病院の受付ではすでに話が通っていて、それほど待たずに診察室に入ることができました。お医者さんが診ると、「完全に破水してるね」ということで、直ちに入院です。


 嫁はそのまま病室へ移動。私は病室へ入れないため、荷物は看護師さんが持っていってくれました。
そこにいてもしかたがない私は病院を出て家に向かいます。

 

 自宅の最寄り駅近くで遅い昼食をとっていると嫁から連絡があり、途中で代わった看護師さんから、お腹が空いていると言っているので食べ物と飲み物を持ってきてやってほしいと言われます。昼食抜きですからそれはお腹が空きますよね。今は15時。病院の夕食は17時半です。

 


 パンとお菓子、ペットボトルの飲み物を数本買って病院に戻ります。とはいえ、私は直接嫁に会うことができないため、夜間・急患専用入口脇にあるインターホンで看護師さんを呼び出して荷物を預け、嫁に渡してもらいます。


 今度こそ私は家に帰ります。嫁は破水はしたものの、陣痛はまだ来ていないので、いつ分娩になるかわかりません。連絡があるまで待機です。


 この日の夜から点滴が始まりました。分娩のときに何らかのアクシデントで輸血が必要になった場合に備えてあらかじめ血管を確保するためのようです。

 もうすぐ生まれてくる子どもの名前を考えています。名前は一生付き合っていかなければならないものなので、名付ける側は責任重大です。ただでさえ頭を悩ませることなのに、国際結婚の夫婦となると問題はさらに難しくなります。


 うちは日越夫婦なので、子どもは日本名とベトナム名を両方持つことになります。その2つの名前をまったく別のものにするのか、共通性を持たせるのかがまず問題です。


 まったく別の名前にした場合、違う名前で呼ばれて子どもが混乱しないか、生きていくうえで困ることはないか、ちょっと想像するのが難しい。なにしろ私自身は生まれてからずっと一つの名前で過ごしてきたわけですから。


 ただ、少なくとも当面の間は日本で暮らすことになるので、実際にはベトナム名はほとんど使われないのではないかと思います。

 


 次に共通性を持たせる場合、発音を同じにする方法と、日本名の漢字をベトナム語に当てはめてベトナム名とする方法があります。


 しかし、発音を同じにするというのは、女の子であれば「舞」「麻衣」などと「Mai」、「蘭」と「Lan」などが思い浮かびますが、男の子の名前だとすぐに出てきません。強いて挙げれば「寛(かん)」と「Khang」くらいでしょうか。これだと発音だけでなく次に述べる漢字の一致も達成できます。


 そして、日本名の漢字をベトナム語に当てはめてベトナム名とする方法ですが、これは例えば「孝」なら「Hiếu」、「英」なら「Anh」というベトナム語を当てるわけです。これなら、発音を同じにする方法と比べればずっと自由度が高く、名前を選びやすくなります。

 ベトナム人は姓と名の間にchữ đệmまたはtên đệmと呼ばれるミドルネームを持つのがふつうです。男性の場合最も多いのはVăn(漢字の「文」)、女性で最も多いのはThị(漢字の「氏」)です。


 女の子で「氏」の付く名前は日本ではあまりないと思いますが、男の子なら例えば文男(Văn Nam)、文雄(Văn Hùng)などとすれば、日本名もベトナム名もどちらも違和感のない名前になります。


 ただ、最近はミドルネームを付けないことが多いらしいので、「文」という字にこだわらなくてもいいようです。

 この方法では、まず日本語で漢字2文字の名前を決め、それをベトナム語に変換します。漢字1文字だとベトナム語の名前としてはバランスが悪いので、2文字(または3文字)にすることになります。

 


 そのときにベトナムの名前として変でなければそれでいいのですが、自分が考えた名前をベトナム語にして変じゃないかと嫁に確認しようとすると、「何でもいい」と関心を示してくれません。それでもしつこく聞くと、「うるさい! なんでそんなこと聞くんだ!」と怒り出します。


 名付けの参考のために1500円の本を買ってきたら、なぜそんなもったいないことをと言われました。ベトナム人は子どもの名前をあまり重視しないんでしょうか?


 いろいろと考えた挙句、今の第一候補は、「発音を合わせる」「漢字を合わせる」の両方を少しずつ持ち合わせた名前です。ただ、ベトナム語の名前がかなり変わった名前になってしまうのが気になります。ネットで検索してもそのような名前の人は出てきません。同名があまり多いのも困りますが、他に一人もいないというのは名前としてふさわしくないということなのではないか?


 第2、第3候補はもう少しありふれた名前です。いずれにしても最終的に決めるのは子どもの顔を見てからということになりそうです。

 1カ月ほど前に注文した結婚指輪ができたとの連絡が入ったため、さっそく指輪屋さん(?)へ行ってきました。


 家から歩いて行ける距離にあるショッピングモールのテナントです。ふつうなら10分で着くところが、臨月のベトナム嫁といっしょだったので15分くらいかかりました。


 前回と同じ女性店員が応対してくれました。まずは刻印の確認です。細い指輪の内側に刻まれた文字を、ルーペを使って読んでいきます。近視兼老眼のせいか読むのに苦労しましたが、なんとか確認することができました。


 プラチナ製で、光沢のある銀色です。指輪のことも金属のことも詳しくない私は、「これは銀製です」と言われたら、そうですかと信じてしまいそうです。

 

 

 次は実際に指にはめてみます。二人ともちょうどいい感じで、サイズに問題はなさそうです。


 あとは、指輪の扱い方の注意点を店員さんが説明してくれます。すごく力を入れる動作をする場合は指輪を外さないと変形する恐れがあるとか、指輪をつけたままサウナに入ると指輪が熱くなってやけどをする可能性があるなどなどです。


 2年以内であればサイズの調整など無料でしてくれるという保証書をもらい、指輪をつけたままお店を後にしました。

 

 

 「これで本当に夫婦になったね」と嫁はうれしそうです。金の方がよかったようなことも言っていますが、けっこう気に入っている様子です。

 夜布団に入ってから指輪を外してみると、あれっ? すごく簡単に外れます。店で確認したときには関節部分が引っかかって外すのに苦労したんですが……。


 これじゃブカブカすぎる。店に行って調整をお願いしなきゃと思いながら眠りにつきました。

 翌朝再び指輪を外そうとすると、なぜか関節で引っかかります。指の太さって、1日の中でも変わるんでしょうか?


 調整してもらうかどうかは、数日様子を見てから決めることにします。

 1カ月ほど前のことになりますが、マタニティフォトの撮影をしました。

 その頃ベトナム嫁は妊娠8か月目、お腹は目立つほど大きくなっていました。そこで、前々から考えていたマタニティフォトを撮ることにしました。


 私がスマホで撮るという方法もありますが、おそらく一生に一度のことなので、プロに撮影してもらおうと決めました。


 どこで撮ってもらおうか、ネットで検索します。いちばん気になるのはもちろん料金です。これがけっこう高いんですね。しかも撮影後もらえるデータは3カットだけだったりします。


 それじゃバカバカしいので、料金が高すぎず、それなりの数の撮影データを渡してくれるところを探しました。とは言え、私は極度の面倒くさがり屋であり、徹底的に検索して1カット当たりの単価を計算して比較するなどということまではしません。


 ちょっと検索してみて、ここなら良さそうじゃないかという撮影スタジオが見つかったのでそこに決めました。家から1時間半くらいかかる場所ですが、撮影したカットのほとんどのデータをもらえるし、料金も割合リーズナブルだし、撮影スタッフが全員女性というのもいいかなと思ったからです。

 撮影当日。スタジオを訪ねると、小さなビルの1階部分が撮影用の部屋と事務所を兼ねている感じでした。


 まず衣装を選びます。選べるのは2着です。真っ白のスケスケロングドレスと、下がロングスカートのやはり白のセパレートを嫁は選びました。
 次はベトナム嫁の化粧とヘアメイクです。担当してくれたのは、体格からして明らかに体は男性ですが心は女性の方でした。

 


 「美人さんですねえ」などとお世辞を言いながら嫁のメイクをしてくれます。嫁は正式な化粧の方法など知らず、ふだんは自己流の簡単メイクで過ごしているので、プロのメイクに興味津々でした。


 撮影用ということもあり、メイク後は普段とは別人になっていました。髪型もふわっとカールした感じでさらに別人感を増しています。いつもと違う顔で写真を撮って記念になるのか? という疑問も感じましたが、まあ仕方ありません。

 さて、いよいよ撮影です。
 2人の女性カメラマンが背景やポーズを変えながら撮影していきます。カメラは特別に高価というわけではないふつうの一眼レフでした。

 

 

 マタニティフォトなので、夫である私も参加させられます。しかし、私の方はほったらかしで、メイクどころか服にゴミがついていないかとか髪に寝癖がついていないかといったチェックすらされませんでした。


 室内での撮影なので靴は脱ぐことになるのかなと思ったものの、念のためきちんとした靴を履いていったのですが、これは正解でした。やはり靴を履いての撮影でした。もしぼろぼろの靴を履いていったら、貸し出し用のブカブカのローファーを履かなければならないところでした。


 撮影はサクサク進んで、さすがはプロだなあと思わされました。「二人で見つめ合ってください」というリクエストには、お互い笑い出してしまうのでちょっと困りましたが。


 嫁の方はというと、ポーズのつけ方や撮影小道具の使い方、いつも笑えと言われることにご不満だったようです。それと、ベトナムだったらお腹に絵を描いたりするのに、とも言っていました。



 

 2週間ちょっと経ってからデータが送られてきました。
 嫁はおおむね満足のご様子。一方私の方は、自分がこんなに禿げていたのか、こんなに太っていたのかと衝撃を受けました。