1月末でタローも2カ月となりました。2カ月といえば、最初の予防接種の時期です。
最寄りの小児科クリニックをググってみると、Google口コミの評価値は2点台とよろしくありません。とはいえ、歩いていける距離にある小児科はそこだけです。病院やクリニックのGoogle口コミは当てにならないことが多いようですし、そこで予約をしました。


 小児科には今後も通うことになる可能性が高いので、近いに越したことはありませんよね。


 当日、抱っこ紐にタローを入れて家からクリニックまで10分強ほど歩きます。ベトナム嫁もいっしょです。

 


 我が家が選んだ抱っこ紐は、アップリカのコアラ ウルトラメッシュというものです。これはママうで抱っこという横抱きができるため新生児から使えること、口コミがけっこうよかったことから選びました。


 他の抱っこ紐を使ったことがないので比較はできないのですが、ママうで抱っこをするとタローはよく眠ってくれます。それ以外の使い方はまだしたことがありません。タテ対面抱っこというのを今度試してみたいです。

 

 欠点としては、装着の仕方が複雑で難しいこと。また、サイズ調整もうまくできているのかいないのかいまだにわかりません。私は身長168㎝ですが、それでも大きいように感じます。ただ、メーカーによればサイズ調整によって150㎝の人でも180㎝の人でも問題なく使えるそうなので、私が使いこなせていないだけなのでしょう。


 あと、今更ですが、抱っこ紐やベビーカーなどは、妊娠初期~中期に夫婦で赤ちゃん本舗などの実店舗を訪れて実際に見て、試着したり動かたりしてから選ぶ方がいいですね。我が家の場合、みんなネット購入なので、嫁が気に入ってくれるかどうか半分バクチみたいな感じです。赤ちゃんが生まれて初めの数カ月は思うように外出もできないので、生まれる前に買っておくべきだったなあと感じています。


 クリニックに到着しました。まずはタローの体温測定です。熱があったら予防接種はできないんですね。でも、数時間前に家で測ったときには36.6℃だったので安心です。と思っていら、測定結果はなんと37.5℃。この37.5℃がボーダーラインで、これ以上だとダメなんだそうです。10分以上寒風にさらされたせいで体温が上がっちゃったんでしょうか?「それじゃ15分後くらいにもう一度測りましょうね」と看護師さんに言われ、待つことに。


 15分後。今度は37.6℃! どういうこと?
 再び15分待ちます。待っている間に電話がかかってきて、私はクリニックの外に出て少し話をしました。戻ると、接種OKとのこと。37.2℃か37.3℃くらいだったみたい。なんで下がったのかな? 嫁がインチキしたんじゃないよね?


 まあ、とにかく予防接種できることになったので順番を待ちます。
 小児科ですからほかにも子ども連れの姿が何組か。もう歩ける年齢の子が多いです。一人だけタローと同じく初めての予防接種だろうと思われる赤ちゃんがいました。連れてきているのはおそらく20代の若いお父さん。抱っこ紐にタテ対面抱っこです。


 タローの順番が来ました。抱っこ紐は外してふつうに横抱っこして診察室に入ります。このときは私一人で、嫁は待合室に残ります。
 さて、タロー、先生と初対面です。このあと何が起きるか知らないタローは、泣き出すこともなく平然としています。


 前向きで縦に抱っこして左ももに上に乗せてくださいと言われますが、そんな抱き方をしたことのない私はオロオロしてしまいます。それでもなんとか言われたとおりにすると、すぐにお医者さんがタローの腕に注射をします。たちまち泣き出すタロー。先生は容赦なくもう1本。次に今度は右の太ももにタローを移します。3本目の注射です。最後は飲み薬をスプーンで口に流し込みます。


 泣いたけど、よくがんばったなタロー。
 この日の予防接種は次の4種類でした。
 ・B型肝炎
 ・ロタウイルス
 ・ヒブ
 ・小児用肺炎球菌
 このうち、ロタウイルスワクチンが最後の飲み薬です。


 接種を終えた後は、別室でしばらく待機します。30分くらいかと思っていたら、15分くらい(?)で会計に呼ばれました。


 若いお父さんといっしょのもう一人の赤ちゃんは、診察室に入ったあと泣き声が聞こえてきませんでした。もしかして泣かなかった!? すごい赤ちゃんだ。


 このお父さん、おむつ交換台でおむつ交換をしていたようですが、とても手馴れていて、ベトナム嫁が感心していました。


 そういえば、夫婦そろってきているのは私たちだけでした。まあ、夫婦のどちらかが連れてくればそれですむ話ですから。


 最後に次回の予防接種の予約をしてクリニックを後にしました。

 


 その夜タローは熱を出し、ずっと泣き続けました。かわいそうですがどうしようもありません。夫婦で交代してあやしました。でも、幸いなことに朝4時ごろには熱も下がり、笑うようになりました。思ったより副反応が軽くてホッとしました。

 我が息子、名前がないと不便なのでこれからはタローと呼びます。


 タローは生後2週間ほどでおむつかぶれをして、お尻が真っ赤になりました。少しすると水ぶくれができてきたので、嫁にせっつかれて皮膚科に連れていきました。


 抗生剤入りの軟膏を処方されたのですが、これを塗るとしみるのかいつも泣くんですよね。生まれてからこのときまで、空腹でもお尻の気持ち悪さでも、泣きさえすればママかパパが飛んできてたちまちその不快さを解消してくれていたタローにとって、泣いても痛みが消えないというのは生まれて初めての体験だったと思います。

 


 この世界では何でも自分の思うとおりになるわけではないということを生後2週間にして知ったわけです。でも、少なくとも2歳になるくらいまではタローの願いを極力すべてかなえてあげたいと思っています。


 好むと好まざるとにかかわらず、いつかはタローも気づく日が来るでしょう。世の中は嫌なこと、不快なこと、つらいことで満ちあふれているということに。

 息子が1カ月になるくらいまで、お乳を吸うときに発する「キューッ、キューッ」みたいな音を聞くのが大好きでした。ホントは「キューッ、キューッ」なんかじゃないのですが、あの音を文字で表すのは私の筆力では無理なので、やむをえずこんな表現にしています。


 母乳を吸うときだけでなく哺乳瓶から吸うときにも同じ音を立てていました。乳首をくわえながらお乳を吸うときにできる口と乳首との隙間に空気が通るときに出る音なのではないでしょうか。


 この音のことを嫁は「ラーメン」と呼んでいます。日本人はラーメンを食べるとき音を立ててすするからだそうです。一方、静かにお乳を飲んでいるときのことは「フォー」と言っています。ベトナム人はフォーなどの麺類を食べるとき音を立てないからです。


 嫁がお乳を上げているとき、隣に座ってその音を聞くのが私の喜びでした。
 私が隣にいると、「はい、ラーメンしなさい」と嫁は息子に話しかけます。「パパはラーメンが好きだからね。パパに聞かせてあげて」

 1カ月になる頃には、新たな楽しみが登場します。
 くしゃみをすると、その直後、息を吐きながら「ふーぅ」と声を出すのです。これが悶絶するほどかわいい!


 くしゃみをすれば必ず聞けるというわけではなく、3~4回に1度くらいの割合です。ですから、それが聞けたときには本当に悶絶し、顔をくしゃくしゃにして「うわーっ!」と身もだえしていました。


 その瞬間をとらえようとスマホで動画撮影を試みるのですが、そもそもいつくしゃみをするかわからないので、なかなか撮影することができません。たまたま撮ることができても、納得のいかない「ふーぅ」だったりします。



 

 2カ月が過ぎると、「ふーぅ」はほとんど聞かれなくなりました。さびしい。けれど、その代わりにもっと素晴らしいことが起こりました。


 息子が私の顔を見て笑うのです!
 私が抱っこしたときでも息子はこちらを見てくれないことが多く、寝ているときに顔をのぞき込んでも天井の角のあたりをジッと見つめていたりします。
 それでも、ときどきはこちらを見て笑うことがあります。両手を持って小さく動かしながら歌を歌ってあげると、歯のない口を開けてよく笑います。


 私が父親であることなんてわからないに違いありません。でも、ほかの人とは違う親しい人だということはわかってくれているのでしょうか?
 私の顔を見ながら楽しそうに笑う息子の姿を見ているときがいちばん幸せです。

 息子が生まれたときには赤ちゃんとの生活を時系列に従って書いていこうと思っていましたが、すでに2カ月以上がたち、初めのころのことは忘れてしまっていたり記憶がごっちゃになったりしてしまっています。
 そのため、時系列にとらわれず、思いついたことを書くことにします。


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 母親一人で新生児の世話をするのは無理です。ですから、初めの1カ月くらいはどちらかの親に頼るのがふつうだと思います。里帰り出産なんてまさにそうですよね。


 しかし、私たちの場合それはできませんでした。


 私はすでに56歳。当然ながら両親は高齢です。入院したり介護施設に入ったりしているわけではありませんが、やはり体は弱っていて、赤ん坊の世話をお願いすることなどできません。
 一方、嫁の両親はというと、ベトナムに住んでいるわけですから日本に呼ばなければなりません。しかし、新型コロナの影響で外国人の日本入国は制限されています。仮に「特段の事情」があるものと認められても、出発から72時間以内のPCR検査陰性証明が必要だったり、嫁のお母さんに大きな負担をかけることになります。
 
 そういった事情で、私が仕事を休んで家にいることにしました。会社員ではないので育休などありません。当然その間の収入はなくなってしまいます。これは痛いですがしかたありません。



 産後1カ月は、買い物、炊事、洗い物、洗濯などはほぼ私が一人でこなしました。それ以外に、おむつ替えや哺乳瓶の消毒なども嫁と半々くらいで分担しました。二人でやっても、時間的にも精神的にも余裕はありませんでしたね。

 1カ月たったあたりでほんの少しだけ落ち着いてきたように思います。ホントにほんの少し。いつまでも仕事をしないでいたら生活を維持できませんから、嫁には申し訳ないけれど仕事を再開しました。

 ここまで3食私が炊事をしていたのに、朝、昼は嫁が自分で食事を用意しなければなりません。生後1カ月の赤ちゃんを見ながらというのは大変だったようで、こちらに当たってくることもありました。産後でホルモンのバランスが崩れているせいもあったのかもしれません。

 前回の更新から2カ月間が開いてしまいました。
 今振り返ると、赤ちゃんがうちに来てからの1カ月は怒涛のような日々でした。


 帝王切開だったので、出産から8日後に嫁は退院しました。
 そして赤ちゃんが我が家にやってきます。
 このときから、おむつ替え、哺乳瓶洗い、殺菌を繰り返す日々が始まりました。

哺乳瓶だけでなく、搾乳器の部品も1回使ったら殺菌が必要です。初めのうちは頻繁に搾乳器を使っていたので、洗っては電子レンジで殺菌というのを昼夜問わずひたすら繰り返していました。


 赤ちゃん用にベビーベッドをレンタルし、新しくエアコンを取り付けた部屋に置きました。その部屋にはシングルベッドも置いてあり、嫁と私はそのベッドでいっしょに寝ます。ただでさえ狭くて寝づらいうえに、赤ちゃんは夜中でも1~2時間おきに泣き出します。まともに眠れません。泣き出したら私か嫁かどちらかがおむつを交換し、嫁が母乳かミルクを与えます。哺乳瓶を2本とも使ったら洗って消毒。搾乳器も1回使ったら消毒。夜中に何度も消毒をします。
 二人だからなんとかなりましたが、これをお母さん一人でしなければならないとしたら、とんでもない重労働です。

 


 新生児なのでとにかくよく泣くわけですが、泣く理由は次の3つのうちのどれかでした。
 1)おなかが空いた
 2)ウンチが出た
 3)おしっこが出た
 2か3の場合はおむつを交換します。これがほんとに頻繁で、山のようにあったおむつが見る見るうちに減っていきます。新しいのに替えたとたんにまたウンチをされると「あーあ…」と悲しくなりますが、相手は新生児ですから仕方ありません。黙ってもう一度新しいおむつに交換するだけです。