今日は、ベトナム嫁と結婚してよかったこと、悪かったことを書いてみたい。
「ベトナム嫁」とは自分の嫁のことを指しており、ベトナム人女性一般のことではないので悪しからず。

まずよかったことから。
(1)いつも笑わせてくれる
何と言ってもこれかな。付き合い始めた頃から毎日笑わされている。
特に日本人の口真似が上手い。対象となるのは、身近でお世話になっている日本人やコンタクトレンズを処方してもらうために診察を受けた目医者さんなどなど。決してそっくりというわけではないのだが、特徴をとらえていてこちらの笑いのツボをついてくる。
それ以外にも思わず笑ってしまうような言動が多いので、一緒にいて楽しい。
(2)明るくて元気
24時間毎日というわけではないが、基本的にはニコニコしていることが多い。また、体が丈夫で、来日して今までの3年以上の間に寝込んだりしたことはないようだ。
(3)ぜいたくをしない
着るもの、食べるものその他もろもろ、今あるもの、安いもので満足している様子。服はベトナムから持ってきたものが多いし、日本で買ったものと言えばほとんどはユニクロだ。履物はアディダスのスニーカー1足、サンダル1足、長靴1足を買ってやったが、それ以上はもったいない、必要ないと言って買おうとしない。
食事は家で作ることが多い。外食と言えば、近所のデニーズで朝ご飯を食べたり、仕事帰りに最寄り駅で待ち合わせて駅前のサイゼリヤで夕ご飯を食べたりするくらいだ。
お金持ちではない自分としてはとても助かっている。
(4)愛してくれる
夫婦なんだから当たり前と言えば当たり前だが、愛されているなあと感じる。いくら若くて美人でも自分を愛していない相手と結婚はできない。その点、美人かどうかは置いておいて、2回りも若い妻から愛情を注いでもらえるというのはうれしい。
さて、次に悪い点について。
(1)怒りっぽい
どうしてそんなことで? と思うような些細なことで突然怒り出すことがある。こちらがいくらなだめても謝っても聞く耳を持たず、「別れる!」と叫ぶ。結婚した当初はそんなことが頻繁にあった。とは言え、カッとなるのは早いけれど、それほど長くは続かない。怒りが静まったところで、そういうことを言われるといかに自分が辛くさびしい思いをするかを根気強く伝えたことが功を奏したのか、最近は「別れる!」という言葉は口にしなくなった。
(2)食費がかかる
さっきと矛盾したことを言うようだが、日本人と比べて食事にお金がかかる場合がある。そう。ベトナム料理を作るときだ。ベトナム製の調味料やベトナムから直輸入の材料などは値が張る。昔と違い、ベトナム人が何十万人も日本に在留している今では、ベトナム食材を売る店はそこら中にあり、入手は難しくない。けれどもやっぱり値段は高い。
ときどきバインセオやブンなどを作ってくれるのはうれしいが、「これいくらかかったんだろう…」と心の片隅で心配しながら食べている。
(3)自分の時間が持てない
家にいる間は常に嫁と一緒にいなければならない。ちょっと自分の部屋に引っ込んでいると、「どこにいる?」「何してる?」とメッセージが飛んでくる。高校を出てから50歳を過ぎるまでずっと一人暮らしだった私にとって、これはかなりしんどい。
自分の時間が持ちたければ嫁が眠るのを待つしかないが、朝起きるのは自分の方が早いくらいなので、嫁が寝入ってから何かをしていたら、翌日寝不足でつらい思いをすることになる。
(4)抱きついてくる
寝る前に自分を抱きながら歌を歌うか何かの話をしてくれとリクエストしてくる。嫁の要望を拒むのは危険なので言いなりになるしかない。眠っている間にもこちらの体に足を載せてきたりする。そういうことをされると重くて眠るどころじゃない。
睡眠不足になって翌日の仕事にも影響が出るし、健康にも悪いから勘弁してくれと訴えても全く聞き入れてもらえない。100歳まで生きろと無茶な命令をする一方でこんな寿命を縮めるようなことをしてくるんだから理解できない。
(5)日本語が下手
私はベトナム語ができるので、夫婦間の意思疎通に関しては特に問題はない。けれど、ベトナム嫁の日本語は片言に毛が生えた程度なのでいろいろと不便だ。たとえば、嫁が職場から渡される書類などはすべて訳してやらなければならないし、医者にかかるときも付き添わなければならない。電化製品を買って使い方がわからないときに、取説を渡してこれを読んでおけというわけにもいかない。
日本で暮らすうえでは、やはり嫁の日本語がうまくないと何かと困ることが多い。私たちの場合、ベトナムで暮らした方が言葉の面での不便はずっと少なくなるはずだ。
そういう意味では、日本で暮らすなら日本語が上手なベトナム人と日本人との夫婦の方が言葉の面では圧倒的に有利だと思う。
他にもいろいろあるのだが、とりあえずすぐに思いついたことを書いてみた。