「ベトナムの月餅をベトナム人から買いたいから家の住所と電話番号を教えて」と嫁からメッセージが届いた。自分が半年以上住んでいる家の住所も覚えてないのかよ……。
 「ネットでベトナム人個人から物を買うのはやめた方がいい」と返事をして住所は教えなかった。以前、ベトナムの果物を売っていることをFacebookで見た嫁は、そのベトナム人から果物を買ったことがある。ところが、それはひどい代物でとても食べられたものではなかった。それを知っているので、二の舞を踏まないようにと忠告したのだ。


 その日仕事を終えて家に帰ると、嫁はひどく不機嫌だった。頼まれて買ってきたリンゴを剥いてやっても、ふてくされて布団に横になったまま。
 数時間後、自分の部屋を出て寝室に入ると嫁はすでに眠っている。ダブルの布団の真ん中に寝ているので、私は端の方に身体をまっすぐにして横になる。
 しばらくすると嫁が起き上がって寝室を出ていく。トイレかなと思ったが、5分経っても10分経っても戻ってこない。自室に行ってベッドで寝ているのだろう。念のために様子を見に行こうかと思ったが、こんな時間にケンカして不愉快な思いをすることもないだろうと、そのまま眠ることにする。

 同居を始めてからこんなことは初めてだ。以前、「日本人の夫婦は別々の部屋で寝ることが多い。その方がよく眠れるから。うちの両親もそうだ」という話をしたら、とても信じられないという顔をして、「夫婦はいっしょに寝なきゃダメだ。私の両親はどんなにケンカをしても、寝るときは同じベッドで寝ている」と嫁は言っていたのに……。

 朝起きて嫁の部屋をのぞいてみると、やっぱりベッドで眠っていた。嫁は出勤の遅い日なので、起こさず一人で仕事へ行く準備をする。布団を上げ、燃えるゴミの日なのでゴミ袋を持って家を出る。
 「行ってきます」「洗濯機を回して家を出たから干しておいてね」とメッセンジャーでメッセージを入れる。
 仕事場に着いてメッセンジャーを確認するが、既読にもなっていない。昼休みに見てもそのままだ。
 あんな些細なことで嫁がここまで怒るとは……。
 やれやれ。

 小さなテーブルで向き合ってご飯を食べていたら、嫁が突然泣き出した。
 「どうした?」と聞くと、「家が恋しい。お母さんが恋しい」と涙をこぼす。
 ベトナム人は家族思い。一人で国を離れて遠い日本で暮らしている嫁がホームシックになるのは当然かもしれない。しかも今は新型コロナウイルスのせいで行き来したくても簡単にはできない状態だからなおさらだ。
 しかし、私より二回り若いとはいえ、30を過ぎたいい大人が親が恋しいからといって泣くのはいかがなものだろうか。あまりにも子どもっぽすぎる。

 


 

 その一方で、父親や母親に対して辛辣な意見を述べることもある。父親は頑固で人の言うことを聞かない。そのせいで失敗ばかりして家族もあきれている。母親についても、内容は忘れてしまったが、かなりきついことを言っていた。日本に来るにあたって、自分の選択を応援してくれなかったし、経済的にもまったく助けてくれなかったという話も聞いた。
 もちろん、父親や母親に対しては、ただ大好き、ただ大嫌いという人より、アンビバレントな感情を抱いている人の方が圧倒的に多いと思うので、決して嫁が珍しい人間というわけではないだろう。それにしても振幅が激しすぎるような……。

 嫁の両親とは私はビデオ通話で話したことしかない。早くベトナムに行きたいとは思っているが、今の状況ではいつになるかわからない。コロナが収束して、子どもがある程度大きくなってからになるだろうか。
 大きくなってとはどのくらいだろうと思い、ググってみると、生後7日を過ぎれば国内線でも国際線でも飛行機には乗れるとのこと。これは意外。とはいえ、実際にはかなり先になりそう。


 ベトナムに帰りたいと私などより嫁の方がずっと強く思っているはず。もうしわけないが、嫁にはもうしばらくガマンしてもらうしかない。

 外国人にとって日本食の最初の関門は刺身(生の魚)だろう。しかし、世界的に寿司が普及したこともあってか、刺身を食べられる外国人は今では珍しくない。うちの嫁もそうだ。刺身も寿司も好物である。もっとも妊娠してからは生ものを避けているのでしばらく口にしていないが。

 

 

 もうワンランク上になると、納豆だろうか。納豆の独特のにおいと糸を引く見た目がダメだという外国人はとても多い。しかしこれまた嫁にとっては何の障害にもならない。ベトナムには魚を発酵させた調味料が多種類存在するため、ベトナム人は発酵臭に慣れている。だから納豆のあの独特のにおいもむしろ食欲をそそるようだ。
 そして、おそらく日本人が日常的に食べるものの中で外国人にとって最大の難関はこれだと思う。

 「生卵」

 



 日本人なら卵かけご飯が嫌いな人は少ないだろう。私も週に2~3回は食べている。日本以外にも生卵を食べる国はあるようだが、日本ほど生卵がありふれた食べ物になっている国はおそらく他にないだろう。もちろんベトナムでも生卵は食べない。
 よその国で生卵を食べない理由としては、そもそも生ものを食べる習慣がないことが大きいと思うが、もう一つ、卵の殻にはサルモネラ菌が付着していることが多く、それによって食中毒が起きるからでもあるらしい。日本の卵は厳格な衛生管理を行っているため、市場に出回っている卵はみな生食できる。そこが大きな違いだ。


 話が長くなったが、嫁は生卵も全く苦にしない。むしろ好きらしい。これには私も驚いた。生卵を食べられるベトナム人というのはとても珍しいと思う。
 納豆と生卵以外の日本食はもちろん好きだし、中華もイタリアンもすべてOKだ。だから、外食のときでも嫁がいっしょだからといって自分が食べたいものをガマンするということはない。
 好き嫌いが全くないので、食べ物に関して嫁に気を使う必要がないのは助かる。

 今日は、ベトナム嫁と結婚してよかったこと、悪かったことを書いてみたい。
 「ベトナム嫁」とは自分の嫁のことを指しており、ベトナム人女性一般のことではないので悪しからず。

 



 

 まずよかったことから。


(1)いつも笑わせてくれる
 何と言ってもこれかな。付き合い始めた頃から毎日笑わされている。
 特に日本人の口真似が上手い。対象となるのは、身近でお世話になっている日本人やコンタクトレンズを処方してもらうために診察を受けた目医者さんなどなど。決してそっくりというわけではないのだが、特徴をとらえていてこちらの笑いのツボをついてくる。
 それ以外にも思わず笑ってしまうような言動が多いので、一緒にいて楽しい。


(2)明るくて元気
 24時間毎日というわけではないが、基本的にはニコニコしていることが多い。また、体が丈夫で、来日して今までの3年以上の間に寝込んだりしたことはないようだ。


(3)ぜいたくをしない
 着るもの、食べるものその他もろもろ、今あるもの、安いもので満足している様子。服はベトナムから持ってきたものが多いし、日本で買ったものと言えばほとんどはユニクロだ。履物はアディダスのスニーカー1足、サンダル1足、長靴1足を買ってやったが、それ以上はもったいない、必要ないと言って買おうとしない。
 食事は家で作ることが多い。外食と言えば、近所のデニーズで朝ご飯を食べたり、仕事帰りに最寄り駅で待ち合わせて駅前のサイゼリヤで夕ご飯を食べたりするくらいだ。
 お金持ちではない自分としてはとても助かっている。


(4)愛してくれる
 夫婦なんだから当たり前と言えば当たり前だが、愛されているなあと感じる。いくら若くて美人でも自分を愛していない相手と結婚はできない。その点、美人かどうかは置いておいて、2回りも若い妻から愛情を注いでもらえるというのはうれしい。

 さて、次に悪い点について。


(1)怒りっぽい
 どうしてそんなことで? と思うような些細なことで突然怒り出すことがある。こちらがいくらなだめても謝っても聞く耳を持たず、「別れる!」と叫ぶ。結婚した当初はそんなことが頻繁にあった。とは言え、カッとなるのは早いけれど、それほど長くは続かない。怒りが静まったところで、そういうことを言われるといかに自分が辛くさびしい思いをするかを根気強く伝えたことが功を奏したのか、最近は「別れる!」という言葉は口にしなくなった。


(2)食費がかかる
 さっきと矛盾したことを言うようだが、日本人と比べて食事にお金がかかる場合がある。そう。ベトナム料理を作るときだ。ベトナム製の調味料やベトナムから直輸入の材料などは値が張る。昔と違い、ベトナム人が何十万人も日本に在留している今では、ベトナム食材を売る店はそこら中にあり、入手は難しくない。けれどもやっぱり値段は高い。
 ときどきバインセオやブンなどを作ってくれるのはうれしいが、「これいくらかかったんだろう…」と心の片隅で心配しながら食べている。


(3)自分の時間が持てない
 家にいる間は常に嫁と一緒にいなければならない。ちょっと自分の部屋に引っ込んでいると、「どこにいる?」「何してる?」とメッセージが飛んでくる。高校を出てから50歳を過ぎるまでずっと一人暮らしだった私にとって、これはかなりしんどい。
 自分の時間が持ちたければ嫁が眠るのを待つしかないが、朝起きるのは自分の方が早いくらいなので、嫁が寝入ってから何かをしていたら、翌日寝不足でつらい思いをすることになる。


(4)抱きついてくる
 寝る前に自分を抱きながら歌を歌うか何かの話をしてくれとリクエストしてくる。嫁の要望を拒むのは危険なので言いなりになるしかない。眠っている間にもこちらの体に足を載せてきたりする。そういうことをされると重くて眠るどころじゃない。
 睡眠不足になって翌日の仕事にも影響が出るし、健康にも悪いから勘弁してくれと訴えても全く聞き入れてもらえない。100歳まで生きろと無茶な命令をする一方でこんな寿命を縮めるようなことをしてくるんだから理解できない。


(5)日本語が下手
 私はベトナム語ができるので、夫婦間の意思疎通に関しては特に問題はない。けれど、ベトナム嫁の日本語は片言に毛が生えた程度なのでいろいろと不便だ。たとえば、嫁が職場から渡される書類などはすべて訳してやらなければならないし、医者にかかるときも付き添わなければならない。電化製品を買って使い方がわからないときに、取説を渡してこれを読んでおけというわけにもいかない。
 日本で暮らすうえでは、やはり嫁の日本語がうまくないと何かと困ることが多い。私たちの場合、ベトナムで暮らした方が言葉の面での不便はずっと少なくなるはずだ。
 そういう意味では、日本で暮らすなら日本語が上手なベトナム人と日本人との夫婦の方が言葉の面では圧倒的に有利だと思う。

 他にもいろいろあるのだが、とりあえずすぐに思いついたことを書いてみた。

 今から1週間ほど前のこと。Facebookで友だちになっている嫁の親友にメッセージを送ってみた。彼女は日本ではなくベトナムに住んでいる。


 ベトナムは長い間新型コロナウイルスの封じ込めに成功し、感染者数は日本よりもずっと少ないまま推移してきた。ところが、今年5月あたりから感染者が急増しはじめ、それに伴って死亡者もどんどん増えてきている。そのため、ベトナム政府は感染者の多いホーチミン市などの大都市でロックダウンを行い、新型コロナウイルスのこれ以上の蔓延を防ぐのに必死だ。市民はほとんど家から出ることもできず、仕事に行くことはもちろん、生活必需品を買うのも難しくなっている。


 そんな中、彼女はどんな生活を送っているのだろうと聞いてみたくなった。というのも、彼女は最近嫁とやり取りをしなくなっていて様子がわからなかったからだ。嫁によれば、嫁の方からメッセンジャーで電話をしても出ないし、メッセージを送っても返事が返ってこないのだという。それに対して嫁は怒っているようだが、なぜそうなったのか私にはさっぱりわからない。
 なので、私が自分でやり取りしてみようと思い立った。生活は今どうなっているのかと聞いてみると、自分の家族は皆元気だけれど、ただでさえ貧しい人たちがさらに苦しくなっている。今の状態が続いたらやっていけるのだろうかと心配している。なんと心優しい娘だろう。彼女自身はワクチンをもう2回接種したという。嫁はもう2回接種したけれど、自分はまだ1回もしていないしいつできるかもわからないと私。早くワクチンが打てるといいねということでメッセージは終了。


 翌日、仕事を終えて帰宅すると嫁の様子がおかしい。なぜかめちゃくちゃ怒っている。
 「あなたは私に黙って親友とメッセンジャーをしているのか!」
 えっ? 最近連絡してないんじゃなかった?
 「さっきメッセンジャーで電話して旦那が死んじゃったと冗談を言ったら、昨日旦那と話したばっかりだと言っていたぞ!」
 しばらく連絡してなかったというのにどうしてこのタイミングで! まあそれは本当のことだけど、コロナの状況なんかについて話しただけでやましいことは何もないよ。
 「どうして私に黙ってるんだ!」

 


 

 嫁の親友は嫁と同い年だが、嫁よりもずっと美人だ。それは嫁も認めている。それが嫁の怒りを倍加させているのだろうか。燃え上がる嫉妬の炎のメラメラという音が聞こえるようだ。
 いやいや。ただベトナムの様子について話しただけだし、話の内容は彼女からも聞いただろう? だいたい向こうはベトナム、こっちは日本にいるんだし、簡単に行き来もできないんだから何もあるはずがないじゃん。
 「私に黙って親友とメッセンジャーするなんて許せない!」
 たしかに彼女は独身で美人だけど、というか独身で美人だからこそ私なんかを相手にするわけがないのだが…。


 この日は嫁をなだめるためにすべての時間を費やす羽目になった。
 やれやれ。

 ちょん切られなくてよかった。