こんにちは。
 
先日は友達の誕生パーティーがあり、一緒にお祝いしてきましたバースデーケーキ
 
 
ドイツに来て最初の2年間住んでいた街、アーヘンからの友達であるアルバと、その彼であるヴラドはチェリストで、よく一緒にカルテットの仕事でも演奏する仲なのです。
 
 
そしてそのヴラドがこの日誕生日で、彼の出身であるベラルーシ(ドイツ語ではベラルーシよりも、白いロシアと呼びます)からドイツに来ている音楽家が沢山集まっていました。
 
 
そして金曜日にはケルンで雑貨店、ソストレーネ・グレーネのお店がオープンしたので、アクセントカルテットで演奏して来ましたルンルン
 
右差し久々に見るドームは相変わらず足場が組まれていました。
 
 
先月はヴィースバーデンと、オスナブリュックでもお店がオープンし、既にドイツだけでも45店舗に拡大したそうです。
 
来週はドルトムントでもお店がオープンする際に演奏予定音符
 
Facebookのページは200万人にフォローされているからか、皆事前に情報を入手していて、開店前からお店の100m先まで長蛇の列が出来ていました。
 
こうゆうのをブームと言うんですねぇガーベラ
 
 
 
この日はとても暑い日でケルン行きの電車を待っていたら、貧血になったのか視界が暗くなり、周りの声が遠くなり・・・チーン
 
となったのですが、メンバーも傍に居てくれたため持ち直して、無事仕事を終えることが出来ました。
 
久々にケルンの駅や街に降り立ち、ドイツ生活の全てはここの入学試験から始まったんだなぁと、大学院入試のことや、アーヘンの後に一年間過ごしたケルン生活のことが思い出されましたイチョウ
 
入試のことは今でも鮮明に記憶に残っていますが、もうかれこれ6年前になります。(信じられない…ポーン)
 
当時は六月(Juni)と七月(Juli)を勘違いして、七月に試験だな〜と構えてたら、直前に六月ということに気付いて焦りました。
 
それに飛行機も七月に予約していたという…。
 
1個のミスから結果的にこの騒ぎ。
 
確認作業は大事!と心に刻んだ出来事でした。
 
 
その後飛行機を変更した後に、教授陣の都合で試験日程がさらに1週間早まるという不運に見舞われ、、、 
 
結局ドイツに着いた次の日が入試という、時差ボケのまま試験日を迎えるコースに突入もやもや
 
 
入試前の情報は試験案内の紙一枚だけだったので、
当日はどうやって進行するのか、
どうゆうふうに弾く曲を指定されてどれだけ弾かされるのか、
果たしてピアニストはいるのか、などなど、分からないことだらけでした。
 
 
そして試験日の朝、案内の紙に指定された場所に行ってみると、自分の順番が夕方以降ということを聞かされ、これまた途方に暮れました。
 
本番前に急に時間が出来ても、完全にリラックスできるわけではないし、逆に練習し過ぎると疲れてしまうので、ブラブラしたりホテルで横になったりして、長いながーい待ち時間を潰していました。
 
こうゆうオーガナイズの雑加減は、受験者が世界中からわんさかやってくる、国立大学独特だそうです。
 
でも結果的にはなにも知らなかったからこそ、プレッシャーをあまり感じずに試験に臨めたのかもしれません。
 
 
そんな入試から3年後、オーケストラのアカデミー生に受かったのをきっかけに、より通いやすいケルンに引っ越してきました。
 
大家さんの部屋を間借りして住んでいた、小窓がある小さい屋根裏部屋。
 
 
 
 
 
 
南ケルンは多くの学生や色んな人種の人で賑わい、夜は居酒屋やクラブが喧騒として、小さな歌舞伎町みたいでした。
 
当時はオーケストラの仕事に行きながら、大学院での授業やレッスンに行ったりで、休みの日はほぼ引きこもる生活。
 
せっかく街中に住んでいたというのに、外の賑やかな世界とは無縁の生活をしていたので、たまに何だか虚しい気持ちにもなったり。
 
ケルンは生活してた時は心の余裕が無かったけど、時とともに色鮮やかな特別な思い出となって、懐かしさも相まる不思議な感情が湧き起こる街ですハート