VJ Mieの覚めない白昼夢 -8ページ目

VJ Mieの覚めない白昼夢

VJ Mieが織りなす映像と日常の蜃気楼

この作品は岩盤浴をしていたら
いきなり頭に浮かんできて。
わーってイメージが立体化して脳みそがピリピリしたので

今夜、コレを絶対作らなきゃいけない

という使命にかられた。

眠りにつこうとする副交感神経を奮い立たせ。

失われるはずだった夜に生まれた作品。



【OTHER SIDE】

ステンドグラス オブジェクト

同じ作品でも

ステンドグラス オブジェクト

角度を変えて

ステンドグラス オブジェクト

見ると

ステンドグラス オブジェクト

違う物に

ステンドグラス オブジェクト

見えたりする

ステンドグラス オブジェクト

見る角度によって

ステンドグラス オブジェクト

全く違う表情を見せてくれる。
立体って面白い!!



私の作品を見て
「頭の中はどんな風になってるの?」
と、言われる事がたまにある。

私は色々な事をしているから
表現方法が一つじゃなくて
脳内のイメージの処理の仕方もそれぞれいろいろあって
だから、見方は多角的なのかもしれない。
モノも人も風景も出来事も
360度回してみる
何かがうまくいかない時や
まとまらない時は特にグルグル回す。

ぼーっと街を歩いていたり、車に乗っている時
目に入った風景がパン!とはじけて切り取られる(ようなイメージ)
その瞬間その風景が頭の中でグルグル回って
2次元が3次元になって
色や形がぐにゃぐにゃ変わってくる。

目をつぶって一番いいイメージを記憶する。
紙があれば殴り書きする。
そしてそれをステンドグラスや絵にする。
VJのネタになる事もある。
仕事のデザインに活かされる事もある。



ステンドグラス オブジェクト
雪の日は
静まっていて
明るくて
美しい


意を決して!
雪と戯れてきました。
大人になってからの雪遊びはしんどいもんです。
先週降った時にやりたかった事ができて満足!!
かじかむ身体がいう事を聞かず、
オブジェのフォルムとかもっとこだわりたかったけど
無理ーーーー!!!
雪に輝くステンドグラス達を優雅に眺める余裕はなかった。。。

せっかくなので動画も撮りました
私が頑張っている様子ww





















あまりの寒さに身体がガチガチになり
久々の重労働に既に筋肉痛
帰って速攻お風呂にダイブ
あーーーー
というオヤジな唸り声をあげたのは言うまでもありません。

今夜はよく眠れそう。
雪がボタボタ降り、寒かったですね。
私の引き蘢りに拍車がかかります。

やっと一段落。
ホッとした所です。
和紙を使った作品が仕上がりました。
まだ公開する事は出来ませんが、時がきたら。

この作品を作るにあたり、
色々な事を考えて、影響を受けました。
一枚一枚の美しさと繊細さは、日本特有のものがあります。
この誇るべき伝統工芸。和紙の向こう側の職人さんに敬意を払いながら作っていきました。

この作品がどんな未来を作ってくれるのか
楽しみに待ちたいと思います。

そして、影響を受け過ぎて。。。
着物を買ってしまいました。
高い着物は替えないし
私にはまだ似合わないから
私が買えて、これ!って思う着物を購入。
やっぱり高い作家物は惚れ惚れする美しさだけど
目が飛び出て、顎が外れちゃいそうな金額・・・。
似合う自分になった時、買うタイミングがくるんだと思い我慢。

そして、この着物も私の野望の為の一つのアイテム
きっといい相棒になってくれる事でしょう。

着物にはルールやTPOや着こなしなどしきたり的なものがあって
それを細かく調べていくと
奥深さに益々ズブズブはまっていって
魅了されていきます。

日本人たる物一人でしっかり着付けできるように練習しなくては!
せっかく素晴らしい文化があるのに
自国の文化に向き合わないのっておかしいし
避けてきた自分を恥ずかしく思います。

話は戻って
作品ってのは面白い生き物だなぁと思います。
作者とは違う生き方をしていく。
そして、様々な事をもたらしてくれる。
作品を作っている時は一心同体のようなのに
放った瞬間に違う意思を持つよう。

さて、今度はステンドグラスの制作に戻ります。
もう、いいかげん仕上げなきゃ(汗)
少しステンドグラスから離れていたおかげで
新たな気持ちで向かえます。

なんか真面目なblogになりますた。
危機感を感じたというか
憤ったというか
悲しくなったというか。。。

この前テレビを見ていて、お受験の話をしてて
子どもに絵を教えている人が出てたけど
クレヨンの紙のムキ方を教えていると言っていた。
ちゃんときれいに剥かないとダメだと。
全部剥いたりしちゃいけません。みたいな

学生時代バイトしていた絵の教室は
白金にあって、有名人やお金持ちの子ども達が通うようなお教室。
そこでは模写しかさせない。
親が見て納得するように
先生が勝手に子どもの絵に手を加えて塗り潰してしまう。

子ども達は面白くないから集中できない。
それを無理矢理座らせて描かせる。
あたりまえだ!
絵を描く喜びや楽しさを感じる事ができていないんだから。
やる気なんて出るもんか。

そうやってちょっとずつ蝕んでいくんだ。

辛かった。
ある意味虐待です。

これだから日本はダメになるんだ。

こんな人達に絵を教える資格は無い
そして、そんな絵の教室に行かせてはいけない!

どんな子どもを育てたいのだろう?

創る事をやっているから過敏なのかもしれないけど
でも、これは切実な問題だと思う。

クレヨンを自分なりに工夫して使う。
という事の重要性。
全部剥いちゃって広い面で空や海を塗る事だってある
折ってしまってもいい
粉々にしたっていい
絵や工作というのは試行錯誤の連続で
それをやる事に意味があり、
自分なりの表現や発見がある物だ。
この試行錯誤は後に仕事や生き方にあらわれてくるもので
絵に限った事じゃない。

むしろ、絵や工作を通して
アイディアを生み出す思考回路の構築
方法は一つじゃない事
正解は自分の中にある事
自分や他の人の価値観を認めたり感じたりする事
自分らしさとは何か

そういった事を感じられるものであると思う。

なのに、
大人に強要され、決まった事しかできなくで
それに縛られて
個性的に作ろうとすると間違っていると怒られる。

そんな子どもがどんな大人になると思いますか?
ちょっといい学校に入ったからといって人生が素晴らしい物になるという確証ではない。

私が子どもの頃、何でどんな物を作ろうと自由にやらせてくれた親に感謝してる。
私が通っていた絵の教室は本当に自由だった。
最後に先生に絵を見てもらって手を加えてもらったりもするけど
魔法のように絵が綺麗になったりするのを感動しながら見ていた
その先生が教えてくれたのは、色彩の使い方や色んな表現の仕方があるという気付き。
その子の絵の良さを引き出すひと欠片のスパイスやヒントを絵の中に入れてくれる。
素晴らしい人だった。


ちょっと熱くなってしまいましたが
どうか、子ども達に偏った表現の仕方を植え付けないでほしいと願うばかりです。
私に子どもがいたら、お受験なんて絶対させない!!!
銀座のitoyaで和紙を大人買い...
itoyaたまらんわ♡
加賀友禅の和紙をたんまり買い込む。

ある野望の第一歩です。
その野望が何かはまだ言いませんが、
叶うでしょう。



「願いは叶う」
使い古された感のあるこのフレーズ。

これはまちがいではないと思うけど
神社に行ってお賽銭して拝んだ所で叶わないですね。あたりまえに。
誰かにどうにかしてもらおう
と思って他人任せにしても結果に満足できなかったら誰かのせいにして苦しむ。

イメージしてとにかくそれに向かって行動する事。
チャンスは向こうからやってくると思わず、
引き寄せるイメージで。
つーか押しかけるイメージw
キラッと光った物を掘り起こして磨くのを面倒に思って
気付かぬフリをしない事。
やりたい事なのに、できない理由を並べない事。
死ぬ時にやらなくて後悔しそうな事は必ず実現させる!

私はいつもこう思いながら願いを叶えてきた。
一個一個は小さな願い。
私以外の人から見たら無駄な事が
私にとっては宝物であったり、宝石よりも輝いて見える。

結果よりその行程でもっと重要な何かを得る
それが、これから続く道に橋を架け
道無き道を力強く踏みしめる脚力になる。

最近、こんな事ばかり言ってるなぁ・・・
多分、無意識レベルで
繰り返し繰り返し自分に言い聞かせているんだろうな。
己を鼓舞する。
言い逃れしない為に。

話はそれてしまいましたが、
この加賀友禅和紙は、私の新たな獣道を切り開く武器になります。

こう見えて無駄が嫌いな合理主義者のAB型なんで
何をするにも、どこに行くにも意義を見いだせないと嫌なもんでw
お茶をするにも色々と探します。
いい空間。(外が見えるのが絶対条件!)
考え事に向いている。
コーヒーが美味しい。
アートがある。
などが主な条件ですが、
今回は銀座にあるアート系カフェで休憩&ラフスケッチ



おなかが空きましたので
早めに切り上げて帰宅です。

いてもたってもいられず
帰宅早々、買って来た紙を広げて眺める。
雅だ
美しい
感動する
たまらん!!!

日本の伝統文化や感性って他の国にはない素晴らしいものですね。