「……しかし、あの大護軍がな。あのように我が子の世話を焼く姿を見られるとは……感慨深い事だ」

「はい、まことに……」



わたくし達夫婦の閨。

王様は少しの酒肴と、昼間の……タムが泣き出したのを、当たり前にあやし、収めた大護軍を思い出し、笑みを浮かべて寛いでいらっしゃる。



医仙と大護軍、それからチェ尚宮。


王様に抱かれたタムが、ぐずり出してしまい(それなのに、赤子とは何故あのように愛らしいのか)、収まりがつかず、場が騒然となったのだが——



王様の御前だ。タムァ、泣くのはお止め。


あらあら、タムァ、凄い状況だって事にやっと気づいたのね〜! そうよ、王様に抱いてもらえるなんて、滅多にない事なんだから〜


失礼いたしました、王様。(よしよし…と言って、背中をトントンと……)



タムの泣き声と、3人それぞれの声が重なり

……その騒々しい様子が、大層幸せな家族の姿でもあり——



「良い光景でした。本当に」

「うむ。そうだな」


王様の空いた盃に酒を注ぎながら、わたくしは、ゆっくりと口を開いた。



「王様。お願いがございます」

「何だ?聞こう」

「わたくし、王様の御子が欲しいのです」

「………」


盃を運んでいた手が止まり、王様が眉根を寄せて瞬きをされた。



「……改まってどうした?タムに会うたからか?」

「それもありますが……王様も欲しいとお思いでしょう?ご自分の御子を」

「もちろんだ。だが、急ぎはせぬ。其方の身体の事もある故、」

「わたくしは早く欲しいのです。高麗の為にも王様の為にも。何より…わたくし自身の為に」



いよいよ盃を卓へ置き、王様がその温かい手で、わたくしの両の手を包み……俯いたわたくしの顔を、覗き込むようにご覧になる。



「……どうしたのだ?何かあったのか?」

「お願いでございます。どうかお聞き入れくださいませ。

王様、どうか……


どうか、側室をお迎えください。そして、王様の血を引く御子を、高麗を繋ぐ御子を、もうけてくださいませ」



わたくしは、思い切ってひと息に告げ、頭を垂れた。


王様は身じろぎなさらず……ただ、溜め息だけを落とされて——



「……は……、急に何を言い出すのだ。余は、」


わたくしは、温まった手をそこから引き抜いて、そのまま己が手で王様を包み返した。


「急などではありません。少し前から…先だって流れてしまった頃から…ずっと考えてまいりました。このままではいけないと。

王様の後を継ぐ男子が居なければ、高麗の安寧は揺らぎましょう。わたくしには、内命婦(ネミョンブ)の長としての責任がございます。

既に、王太后様にもお伺いしました。わたくしに任せる、と、おっしゃってくださいました」

「母上に何を……王妃に何を任せるというのだ?」

「……側室選びでございます。相応しい者を、わたくしが選びます故、何卒お聞き入れを」



わたくしが更に頭を下げると、ガタン、と音を立てて、王様が立ち上がった。


握っていたわたくしの手の中からも、さっ、と、温もりが消え去る。



「はっ……馬鹿な事を。これ以上聞きたくもない」

「王様!」



王様はそのまま、わたくしに背を向け閨を出て行こうとされるも、つ、と、扉の前で立ち止まると、振り返る事なく背を向けたまま——



「……タムの愛らしい姿を見て、其方は心惑っておるのだ。気にならぬはずがない。其方も余も、心が騒めいたのだ。それ故、そのような馬鹿な考えを持ったのであろう。余は聞かなかった事にする……今宵はゆるりと休むがよい」

「王様、」




そして、王様は閨を出て行かれた。



「——王様?! いかがされましたか、王様!」



外の廊下から、チェ尚宮の慌てる声がする。


その声は程なく、わたくしの目の前までやって来て、「何があったのですか?王妃様」と、酷く乱れた顔で……そして、わたくしの顔を…流れる涙を、母のように拭う。



「いつかは言わねばならぬ事だった。それが、今宵だっただけだ……」



泣きながら、昼間の事を思い出す。


初めて抱いた赤子の、柔らかさと温かさ。

ずっしりと重い、命の尊さ。


何より、タムを腕に抱かれた王様の……本来在るべきお姿を目にして、わたくしの気持ちは固まったのだ。


わたくしに成せないのなら……せめて、己が目で選んだ女人を——


そうしてでも、王様に御子を持っていただきたい。



わたくしの夫は……この高麗(くに)の王で、わたくしは、その妻なのだから——