ヒジェ達が待つ客間の目前、何やら楽しそうな声が聞こえてきた。
「——どうだ。ここまで来れるか?……おーっ、えらいぞ、タムァ」
「あ〜 うー」
「坊ちゃまったら。ヒジェさんにすっかり懐かれて」
「昔っから動物と子どもには好かれんだよ、俺ぁ」
「まぁ、ふふふ。テマンもそうよね」
「動物はともかく、おれ、子どもと遊ぶの好きだから」
タムを囲んでか……賑やかな様子が伺えて、俺はゆっくりと扉を開けた。
「——よぅ、医仙はどうだ?」
部屋の中へ入ると、大きな体躯を折り曲げて胡座をかいたヒジェが、腹這いのタムの相手をしながら俺を見上げた。
タムが床をずり這っていって、ヒジェの膝に手を掛けた所……微笑ましくて思わず笑みが溢れる。
俺は側の椅子へ腰掛け、頷きながら答えた。
「今は落ち着いて寝てる。それで、どういう経緯だ?出先で何があった?」
すると、ヒジェと共にタムをあやしていたテマンとソニが、代わる代わるに口を開く。
ヒジェは偶然も偶然、タムの顔を見ようと、開京へやって来た所、その場に出くわしたという。
イムジャを抱き抱えてここまで……平時ならとても見過ごせないが、流石に今回は感謝しかないな——
俺は改めて知己に礼を言って、向かって来たタムを膝へ抱き上げた。
(ウンスから聞いただろ?お医者の診たて通り、暑気あたりと貧血。後で薬を届けるよ)
向かいに座るトギが、手振りでそう言って、俺へ何度も頷いて見せる。
……安心しろ、という事か。
俺は俯き気味に大きく息を吐きながら、気を落ち着けた。
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「ヒジェャ、しばらく居られるのか?」
「ん…まぁな。タムにも会えたし、あとはドンジュの顔を見て、都見物もして……そこそこには戻るつもりだ。あっち(安州)も放っておけねぇからな」
「…そうだな。うちに泊まるだろ?」
「おう。そうすっかな。世話になります、ソニさん」
突然、大男に頭を下げられたソニが「は、はいっ!こちらこそ」と言って、勢いよく腰を折る。
「しかし、トギさんの知識は凄ぇな。医仙が頼るだけの事ぁある」
ヒジェが感心してそう言うと、
(ヒジェさんこそ。煎じた薬湯、的確だった。さぞ村でも役に立ってるんだろうな)
「まぁ…皆んなが医者にかかれる訳じゃねぇから。自分達でやれる事はやってるだけだ」
(立派だよ。そういう人がもっと増えるといいと思う)
トギとヒジェが、テマンを介して話しているのが……やけに盛り上がっている。
「安州へ帰るまでに、いろいろ教えてくれ。トギ先生!」
(いいよ。ヒジェさんとは気が合いそうだしね)
「——えっ?!!!」
大人しく仲介していたテマンが、思わず声を荒げた。
「どうした?テマナ」
「あ、いや、あの…… ヒジェさん、ちょっと待っててください。トギと話が……トギャ、」
何だ?と、眉根を寄せて目を瞬いているトギへ、テマンが手振りで捲し立て始める。
(トギャ、さっきから聞いてりゃ、気が合いそう、ってなんだよ??やけに楽しそうじゃんか)
(薬草の事、ここまで話が合う人は少ないから。話してて楽しいのは当たり前でしょ?何を怒ってるの?テマナ)
(別にっ、怒ってなんかないけどさ)
(そう?怒ってるように見えるけど)
「くくっ…痴話喧嘩だな」
誰が見ても分かるその様子を、面白そうに眺めてヒジェが呟くのへ、ソニもくすくす笑いながら繋げる。
「やっぱり分かります?」
「うん。分かりやすい奴らだ」
「ですよね。ふふふ」
しばらくして、テマンとトギの攻防が落ち着くと、トギが(じゃあ私はそろそろ戻る)と、立ち上がった。
ソニはヒジェを案内して客室へ……テマンは、ドンジュとコモに、ヒジェが来た事を伝えると請け負って、トギに付き添う。
揃って廊下に出た所で、トギが俺を振り返った。
(大護軍、ウンスのことだけど)
テマンが、何事か?という顔をしてトギを見るも、それにひとつ頷いて見せたトギが、改めて俺へ真っ直ぐ向き直った。
(産後の肥立ちは悪くないけど、ウンスが疲れやすいのは以前(まえ)からだから、毎日の薬湯の処方を少し変える。ウンスにもそう伝えた。
だけどそうすると、乳を飲ませるのは……やめたほうがいい。赤子には合わない薬だから)
医者の顔で、トギがきっぱりと告げる。
「………」
微笑みながらタムに乳を含ませる、イムジャの姿が浮かび———
「………イムジャもそれで良いと?」
(…うん)
「そうか。わかった。そうしてくれ」
すっかり日が落ちた中、帰っていくトギとテマンを、俺はそのままに見送った。