「トギが来たから、もう大丈夫です。お医者のじいさんも、暑さのせいだって言ってたし」



テマンが幾分ほっとした顔で、頷きながら言う。


トギとかいう……どうやら声が出せないらしいが……朦朧としながらも、医仙がテマンに、連れて来てくれと頼むくらいだ。腕は確かなんだろうが、俺たち皆んな追い出されちまって……強引で態度もデカい。



「あの医仙に、あれだけモノが言えるたぁ……なかなかおっかねぇ女だな」


俺が呆れ半分に溢すのへ、テマンがすかさず口を挟む。


「確かにおっかないです。でも、すごく優しい女なんです。典医寺で薬草を育てて、いろいろ薬を作ってます」

「へぇ……」



…成程、そういう事かよ。


えらく嬉しそうに言うテマンを、しげしげと眺めていると、俺の右肩をやたら引っ張る奴が——



「きゃっ、坊ちゃま!」


ソニさんに抱かれたタムが、いつの間に起きたのか……俺の肩袖口からほつれ出た糸を、きゅ、と握りしめ…面白いのか、しきりに引っ張っている。


「駄目ですよ、お離しください、坊ちゃま!」

「構わねぇよ。ボロだから……いよいよ直さねえとなぁ」

「あぁ、坊ちゃまったら、」

「タムァ、面白れぇか?どれ、来い」



慌てるソニさんの手からタムを預かり、俺は目の前に掲げるようにして、高く持ち上げてやった。


急に高くなった目線に驚いたのか、タムは一瞬固まって……切なそうな目で俺を見下ろすも、手足をもさもさと動かし、かすかに抵抗を始めた。


「おっと、怖ぇか?悪い悪い…ソニさん、頼む」


へへ、泣かれたら敵わねぇ。



ソニさんに抱かれて安心したんだろう…タムはソニさんの服を握りしめて、顔だけ俺のほうへ向け、じとっ…と見つめてくる。


可愛い奴だ。

赤ん坊ってのは、こんなに可愛かったのかよ。

ヨンと医仙の子かぁ。なんか不思議だな……




そんな事を思いながらタムを構っていると、ヨンの奴がようやく帰ってきやがった。


……きやがったが。



初めて見る……こんな色のないヨンの顔は。


赤月隊が…隊長が、メヒが、酷(むご)い事になった後、近衛になったヨンを訪ねていった時も、そりゃあひどい顔をしていたが……


あの時の覇気のない顔とも違う、生きる気力のない顔とも違う、何ていうか……


そうか。ヨンにとって医仙は…ただの恋女房じゃねぇからな。そういうのを何ていうのか、俺には上手く言えねぇけど……自分以上に、大事な女なんだろうからよ。


心配で心配で、どうにもならねぇんだろう。それで、こんなしけた面してんだろうな。



……おっと。そうだった。何で俺がここに居るのか?って、ヨンの奴、当たり前に解せないって顔してやがる。


だよな。


俺は挨拶代わりに、少しだけ右手を挙げてみせた。



「旦那様。ヒジェさんが街で倒れた奥様を、お屋敷までお連れくださったんです」


ソニさんが、間に入って説明してくれる。



「……そうなのか?……助かった。ヒジェャ」



俺とヨンは旧知の仲だ。どんなに間が空いていても、大した問題じゃねぇ。あれこれ詮索しなくても話が通じるってのは、昔馴染みのいいところだと思う。


まぁ、詳しい話は後だ。


案の定、部屋の中から医仙に呼ばれたヨンは、俺たちに、ちら、と目配せをしつつ、中へ吸い込まれていき、入れ違いに出て来たトギさんが、廊下の俺たちと合流する。



「トギャ」


テマンが声を掛けるのへ大きく頷くと、トギさんは俺たちをぐるり、と見回し、


(少し、2人にしてあげよう)


そう言ったらしい。



そこへ、医仙の為に重湯を運んできたスンオクさんが、


「皆さん、客間で少し休んでいてくださいな。しばらくしたら、旦那様も来られるでしょうから。ソニャ、ご案内を」

「わかったわ。奥様をお願いね、オンマ」



ソニさん親子が頷き合うのを見て、俺たちはその場を離れ、客間へと移動した。