「オイッ、ウンス! 医仙っ、大丈夫か??」
目の前の大きな人が、奥様を抱き止めて、大きな声をかけている。
「ん……大丈夫、大丈夫……」
「何が大丈夫だよ、全っ然大丈夫くねぇだろがっ!」
奥様が道に倒れなかった事と、か細くもお声が聞こえた事に安堵して、私は情けなくも、その場にへたり込んでしまった。
「おい、テマナ。どうしたってんだよ、これぁ」
「そ、それが、買い物に来てて、急にふらふらっ、と……」
え? この人、テマンの知り合い??
ああ、今はそんなことよりも——
「あっ、あのっ、奥様は、」
私がなんとか声を絞り出すと、目の前の壁のように大きな人は、奥様を抱き抱えたまま私を見下ろして、
「あんた、立てるか?」
「え?」
「あんた、チェ家の人間だろう?屋敷はどっちだ?すっかり忘れちまったぜ」
「え、あ……」
「こ、こっちです、ヒジェさん!」
テマンがそう言って走り出すのへ、その人は「ひとりで来れるな?」と言い残して、奥様を抱えて駆けて行った。
私も慌てて立ち上がり、後を追った。
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息を切らせてお屋敷に辿り着くと、母をはじめ、お屋敷はすでに大騒ぎになっていた。
大きな人に寝室へ運び込まれた奥様は、意識朦朧とされながらも、「テマナ、トギを呼んで来てくれる?」と、おっしゃったそうで……
テマンは典医寺へ飛び出して行った後だった。
旦那様へお知らせを、早く医者を、と、皆んなが慌てふためく中、大きな人がテキパキと指示を出していく。
「皆んな落ち着け。誰が何をするんだ?誰が医者を呼びに行く?……あんたか。頼んだ。ヨンは王宮か?知らせてやらねぇと……あんたが行ってくれるか? あ、アジュンマ、医仙に、塩か砂糖を入れた白湯を飲ませてやってくれ。それから、あんた」
振り返ったその人に、真っ直ぐ射抜くような目を向けられた私は、「は、はいっ!」と、固まりつつも返事をした。
「薬草はどこにある?医仙の事だ、いろいろ集めてんだろ?」
「あっ、はい。こちらに」
お屋敷の奥の薬草庫へ案内すると、その人…ヒジェさんとかいった?…あれこれ物色して、いくつかの薬材を取り出すと、「今から煎じるから」と言って、そのまま庭へ——
私は慌てて薬湯器を用意して後に続き……ヒジェさんが、ゴリゴリと薬材をすり潰す横で、七輪に火を起こした。
その後、黙って薬を煮出すヒジェさん……
大きな体躯を折り曲げて、パタパタ風を送っている隣に、私も、女にしては大きな身体を縮めてしゃがみ込んだ。
「あの……ヒジェ、さん? …ですか?」
「あ?」
「あっ、テマンがそう呼んでたから」
「ああ、そうだったな」
「私はソニと申します。チェ家でお世話になっております。お礼を言うのが遅くなってしまって……奥様を助けていただき、本当にありがとうございました」
「おそらく、この暑さにやられたんだろうけどよ……医者に診てもらっといたほうが安心だからな。あ、医仙も医者か……
とりあえず、疲れが取れる薬湯を煎じとくから」
「まぁ、薬にお詳しいんですね。すごい」
「いや、そんな大したモンじゃねぇよ。安州(アンジュ)じゃ、何でも自分達でやってたからな」
「安州?」
「おぅ。俺は安州のカン・ヒジェだ。ヨンの昔馴染みのな」
旦那様の昔馴染み?
安州のカン・ヒジェ…… ヒジェ……
「——あっ! ドンジュのヒョン!!」
「へ?」
思わず指差した私を見つめ、ヒジェさんは炭にパタパタと風を送りながら、口をあんぐりと開けた。
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程なく町からお医者様がやって来て、その診たてによると、やはり暑気あたりとのこと。
ヒジェさんが煎じてくださった薬湯、的確な処方だとお医者様も感心して……
奥様も、苦くても大人しく飲み干され、
「ありがとう、ヒジェさん。久しぶりなのにこんな事で…ごめんなさいね」
「全くだ。期待を裏切らねぇな」
「いつ開京に?知らせてくれれば良かったのに。ヨンは知ってるの?ドンジュは?」
「2人とも知らねぇよ。ドンジュからはよく手紙が来るから、元気なのはわかってんだ。ヨンなんざ、別にどうでもいいし……だから、その、タムの顔を見に来ただけだからよ……顔見たら、すぐに帰るし……」
巨体に似合わない、モゴモゴとバツ悪そうに口籠もる……ヒジェさんの耳たぶが微かに紅くなっている。
「そんな事言わないでよ。タムが生まれた時には、出産祝いも送ってくれたわよね……ありがとう、ヒジェさん……
タムに会ってやって。ソニ、タムを連れて来てくれる?」
「はい、奥様」
奥様がお倒れになって、私も母もてんてこ舞いだったので、近所から通ってくれている乳母のオクヒさんが、坊ちゃまをみてくれていた。
「お屋敷の様子が普段と違うのが、よくお分かりなんだろうねぇ。こんなにぐずって落ち着かない坊ちゃんは、初めてだったよ。で?奥様のお具合は?」
オクヒさんが、泣き疲れて眠ってしまった坊ちゃまを抱いて眉根を下げている。
「今は落ち着かれてる。ありがとう、オクヒさん。助かったわ」
まだ時々しゃくり上げながら眠っているタム坊ちゃまを受け取り、お部屋へ戻ってみると、お医者様と入れ替わりにトギさんが駆け付けていた。
奥様もまだお顔の色が優れないけど……トギさんも同じくらい青白い顔で、奥様に向かって、忙しなく手を動かしている。
「——ごめんて。……はい。はい。もう無理はしないわ。ごめんなさい……あ、トギャ。こちらはヒジェさんよ。ヨンの古い友達なの」
私はトギさんの手振りはわからないけど、どうやら奥様、トギさんにこっぴどく叱られているみたい……
不意に紹介されたヒジェさんは、「お、おぅ…」と、若干困り顔で、小さく頭を下げている。
それにトギさんは、わかった、と頷くも……診察するから皆んな出て行け、と言っているようで——
私は坊ちゃまを抱いて、ヒジェさんと一緒にお部屋の外へ出た。
「お……その子か?ヨンと医仙の子は」
「は、はい。タム坊ちゃまです」
「寝てんのか……ん?泣いてんのか?」
時折混じるしゃくり声に、ヒジェさんは腰を屈めて、私の肩口にもたれる坊ちゃまの顔を覗き込んだ。
そして、坊ちゃまの小さな頭を大きな手でそっと撫でながら、「よしよし…男なら泣くな」と、優しい声で呟いた。︎
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はい、ヒジェでした〜🤣
次話もまた読んでくださいね〜
フンガッ フッフ♪
ビビ