タムが生まれて、あっという間に半年が過ぎた。


首もしっかり座ったし、離乳食もそろそろ始めようかという頃。

私も、以前と同じく週3とはいかないまでも、10日に一度くらいは、王妃様の診察の為に出仕するようになっていたんだけど……


実はまだ、王妃様にも王様にも、タムをお見せ出来ていなくて——


お2人は、生まれたらすぐにでも会いたい、とおっしゃってくださっていたけど、臣下の子どもだもの、その為だけに参内するのも……そんな身内みたいに気安くは出来ないし。かと言って、お2人にウチ(チェ家)へ来てもらう訳にも行かないし……


それでも、ヨンや叔母様、そして私にも、「いつ会えるのだ?早く顔が見たい」と、お会いするたびに催促してくださるのが、有り難くて嬉しくて。


そこで思いついたのが『6ヶ月健診作戦』。


典医寺のユン先生は、私とタムの主治医みたいなものだもの。健康診断の為に、典医寺へ連れて行くのはOKよね。


という訳で、今日は初めてタムを連れて王宮へ——



ヨンに抱かれて目線の高いタムは、キョロキョロとあっちを見、こっちを見、大忙し。


「タムァ。ここは王宮よ。この国の王様と王妃様がお住まいなの。アッパが毎日お勤めに来てる所よ」


タムに話しかけながら、ヨンと3人(後ろからテマン)で歩いていると、すれ違う内官や女官達から「あっ」「おぉっ」「きゃあ」…なんて声が聞こえてくる。


うふふ、でっしょ〜。可愛いでしょ、うちの子♡



ヨンが典医寺まで送ってくれて、


「診察が終わったら、坤成殿(コンソンデン)ですか?」

「ええ。タムを連れて王妃様の所へ行くわ。その後は多分、康安殿(カンアンデン)へ王様をお訪ねすると思う」

「分かりました。俺も兵舎へ顔を出してから合流します」


それからヨンが、診察室にいるユン先生へ「頼んだぞ」と声をかけると、「はいぃっ」と、何故かユン先生の声が裏返った。


「どうしたの?ユン先生」

「な、何でもないです!では、脈から拝見いたします」


何でもないの? じゃあ、いいか。


....................................................................................


「——はい。医仙様もタム様も、問題ありませんよ」


私とタムの診察を終えて、ユン先生の顔が綻んでいる。


「良かったぁ。ユン先生にそう言ってもらえると安心するわ」


すると、ユン先生が深々と頭を下げて、


「私のほうこそです。お元気でいてくださりありがとうございます」

「え?」

「あっ、いえ……ですが医仙様、少しお顔の色が……今日も暑いですから、水分と休息をしっかりとって、対策なさってくださいね」

「わかったわ。ありがとう、ユン先生」



外へ出ると、テマンと一緒に、トギがへの字眉と口で待っていてくれた。


(2人とも変わりなかった?)

「ありがとう。大丈夫よ、トギ」

(良かった)

「じゃあ、王妃様の所へ行ってくるわね」

(無理はするなよ、ウンス)

「わかってるわよ〜」



トギに見送られて、私はタムを連れて(テマンもね)坤成殿へ……


「タムァ〜、よう来た」と、目尻の下がりきった叔母様に出迎えられて、王妃様と念願の初対面——



「待っていました、医仙。ああ…その子がタムですね」


王妃様が、頬を紅潮させながら歩み寄って来られて、私とタムへ眩(まばゆ)いほどの笑顔を向けてくださる。



「やっと会えましたね、タム。まぁ、眠っているのですね。可愛らしいこと……」


王妃様は、吐息混じりにそう言って、タムの顔をじっ…と眺めていらっしゃる。


大物という事なのだろうか?タムは、典医寺で疲れたのか、王妃様の前だというのにぐっすり寝入っていて……


「すみません、王妃様。さっきまでは起きてたんですけど」

「構いません。ようやくに会えたのですもの。医仙もチェ尚宮も、わたくしを気遣って、タムに会わせてくれないのでは、と心配しました」

「えっ、そんな、」


思わず顔を見合わせた叔母様も、「王妃様、何をおっしゃいます」と、眉根を下げている。



同じように妊活していたのに、私だけが子どもを持った事——

特に、叔母様は身内だから、複雑な思いを抱えて、王妃様のお側に居るんだと思う。


もちろん王妃様は、ずっと妊活を続けていらっしゃるんだけど、まだ成果は出ていなくて——


ううん、実は一度、懐妊はされたのだけど……残念な事になってしまったものだから。


気にならない、なんて嘘よね。それはお互いに、よ。

でも、王様と王妃様が、気遣いは不要だと、おっしゃる気持ちもわかるから——



困り顔の叔母様へアイコンタクトを送り、私は思い切って口にした。


「あの、王妃様。申し訳ありません。気遣いというか、気兼ねというか……それは、ほんの少ーーしだけ、あります」

「フフフ、そうでしょう。ではわたくしも正直に……羨ましいと思う気持ちが、無いとは申しません。わたくしとて、我が子を持ちたいですもの」


私の妊娠を告げた時と同じような遣り取り。

ポカン…としたままの叔母様をよそに、私と王妃様は、スヤスヤ眠るタムを挟んで微笑み合った。



「王妃様……抱いてみますか?」

「え?良いのですか?」

「もちろんです」

「あの、でもわたくし…今まで身近に赤子が居なかったので、抱いた事か無いのです。大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ。そこへ座ってください。王妃様に抱いてもらうなんて、畏れ多いですけど。ね、叔母様」

「これ、ウンス……」


まだ困っている叔母様へ、えへへ〜と笑って、私は椅子に腰掛けた王妃様の腕に、ゆっくりとタムを預けた。


何ともぎこちない仕草で、王妃様がタムを受け止めて、「ま、重い……」と、呟く。


「うふふ、結構重いでしょう?」

「はい。思った以上にずっしりと」

「ええ。日に日に重くなるんですよ。 …あら、タムァ。起きた?」



抱かれ心地が変わったのがわかったのか、タムがそうっ…と目を開けて、ぱちぱちと瞬きをしている。

そして、不思議そうに、王妃様や叔母様、私の顔を見比べて……


ふふふ。オンマの顔がどうしてそっちにあるの?って顔かしら。可愛い♡



「……まぁ、わたくしの事も、じっと見ていますわ。知らない顔ですものね。初めまして、タムァ。わたくしは宝塔(バオタァ)といいます。この国の王妃です。よろしく頼みます」


王妃様のタムを見つめる瞳は優しく美しく……聖母マリアってこんな感じかしら、と思うくらい尊い……



ただ、叔母様は


「王妃様っ、何と勿体ない〜!———」


と、大慌てで平伏す勢いだった。



▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎▫︎ ▫︎▫︎▫︎


王妃様の本名・宝塔失里。

wikipediaによると、読みはブッダシュリとありましたが、なんかしっくりこず…

宝塔の発音を聞いたら、バオタァが1番しっくりきたので、拙作ではバオタァでいきます。

2度と出て来ないかもですが(笑)


ビビ