やけに静かね。雪でも降ってるのかしら……
深い眠りからゆっくり戻ってきた私の意識は、まだ浅い所でゆらゆらと揺れていた。
冷え込む冬の夜の寝室。外はおそらく雪……
でも、ここは温かい。背中に感じるヨンの温もり。私を抱き込む腕の重さが愛おしくて。
もう少しこのまま眠っていたい……私は瞼を閉じたまま微睡んでいた。
無事に息子——タムが生まれてひと月あまり。
嬉しくて幸せで……そして、子育てがどれだけ大変な仕事かという事を、私はイヤという程、身に沁みて感じていた。
子どもは自分のお乳を飲ませて、自分の手で育てたい——そう思っていた私は、子育てについて、ヨン、そしてスンオク達と、事前に話し合っていた。
昔の子育てって……特に両班の場合、イメージとしては、乳母が育てるのが普通……?
ドラマで見た事あるし、ヨンにもスンオクが居たし。
「俺の場合は、もともと母が病弱だったので。乳母だったスンが、母が亡くなった後も育ててくれました。
確かに、乳母を雇う家は多いですが、全ての両班がそうではありません。まぁ、王族は別ですが。
イムジャのしたいようになさってください。俺は協力します」
ヨンはそう言って賛成してくれたけど、スンオクは、すぐには納得してくれなかった。
それは、ダメというより、私の身体を心配してくれての事で——
「子育ては簡単なものではございません。ましてや、チェ家のお血筋の御子様、幾つ手があっても足りません。私もソニもおりますが、奥様のお身体の回復の為にも、乳母をお雇いくださいませ。信用出来る者を探しますので」
乳母は……まぁ、いずれは頼むつもりでいたから——
スンオクの言う通り、チェ家からそう遠くない所にいい人をみつけてもらって、通ってもらう事にした。
トギやユン先生達の手厚いサポートも受けつつ、準備万端始まった私の子育てライフだったけど——
……こんなに大変なものだとは、想像を超えていた。
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出産してから、産室に使ったあの部屋を、そのままタムの部屋にして、私はタムと一緒に寝起きしていた。(私だけじゃなくて、たっての希望でヨンも一緒に)
昼夜を問わず、授乳、睡眠、授乳、睡眠、間にご飯……という生活。
おしめを替えて、おっぱいをあげて、ゲップさせて……
すんなり寝てくれる時はいいんだけど。
ぐすっても、昼間ならまだいいんだけど……
そうは問屋が卸さないのが、子育てなのよね。聞いた事はあったけど…実感したわ。
こんなに寝ないのね〜……
特に夜。
泣き止まない……何をやってもダメ。理由がわからないから、もう途方に暮れちゃって。
子どもも親も初めて同士、慣れるまでは仕方ない……って、スンオクはフォローしてくれるけど。
真冬の真っ暗な夜中に起きて、お世話するのは、なかなかに過酷……
可愛い可愛い我が子だけど、気が触れたみたいに泣き続けるのを、ずぅ〜〜〜っと抱っこしてあやすのも……精神的にも肉体的にもキツくて、私はタムと一緒に何度も泣いた。
ヨンはもちろん、スンオク、ソニ、昼間は乳母のオクヒさんにも助けてもらって、何とか頑張ってきたけど……
タムが泣く度に、一緒の部屋で寝てるヨンも、起きて付き合ってくれるから、お役目に支障が出るんじゃないかと、それも心配で。
頼むから寝室(向こう)で寝て、と言ったら、「俺だけのうのうと寝てなどおられません。嫌です」と、キッパリ。
そんなヨンの主張と、私自身のフラフラ加減を見かねたスンオクの提案——
「夜のタム坊ちゃまのお世話は、畏れながら私とソニがさせていただきます。お乳の時だけ、奥様をお呼びいたしますので、旦那様と奥様は、ご寝所でお休みくださいませ」
……それで、今はタムは子ども部屋で、私とヨンは夫婦の寝室で寝るようになって……随分と睡眠を取れるようになった。
生命維持に睡眠は必須……寝たいのに寝られない、あの感じは、かなり危険だったもの。
寝られるのは本当に有り難い。
それでも、子ども部屋からタムの泣き声が聞こえてくると……自然と目が覚めてしまう。
授乳なら「奥様、お越しいただけますか」と
呼んでもらえるけど、それ以外の時は呼ばれない。
スンオク達がお世話してくれるから、私の手は要らない。しばらくすると、タムの泣き声も収まるし。
凄く有り難いけど……正直、ちょっとだけ寂しい。
ずっと側に居て、泣いたらすぐにみてあげたい。抱っこもしてあげたい——
そんな風に思ったら、バチが当たりそう……
「夜だけですから。お昼間は、ずっとご一緒にお過ごしになれます。そのためにも、夜は私どもにお任せいただき、奥様はお休みくださいませ」
ソニがタムをあやしながら、笑顔を向けてくれる。
「もうしばらくしたら、タム坊っちゃまも落ち着かれます。今はまだ昼も夜もないだけですから。大丈夫でございますよ」
子育ての大先輩、スンオクの言葉は、私を大いに安心させてくれた。
静寂の中に、意志を持った小さな声が聞こえてきた。
タムが起きたのね……
「——奥様、よろしいですか?」
ソニの遠慮がちな声に呼ばれて、私は目を開けて、今行くわ、と答える。
「お願いします。イムジャ」と、微笑むヨンに見送られて、私は愛しい我が子の元へ急いだ。