「なぁ…やっぱ、あれかな。子どもが生まれたら、ヨンの旦那でも変わっちまうのかな?」
シウルが、スッカラをクッパの椀に沈めたまま、ボソリと口にする。
朝から飯抜きで走り回って、腹ペコすぎて我慢ならねぇ……
勢いよくクッパを掻っ込んでいたオレは、「何がだよ?」と、手も口も動かしながら聞いた。
「今まではさ、何があってもウンスが一番だっただろ?ヨンの旦那」
「おぉ、だな」
「だけどさ、何つっても跡継ぎの息子が生まれたんだからさぁ。チェ尚宮様なんかもう……手放しで喜んでただろ?」
「スンアジュンマもな。チェ家のお屋敷中、皆んな大喜びしてたな」
「両班はさ、特にそうだろ。嫁は二の次三の次で、跡継ぎさえ出来ればいい、とかさ。もう女じゃなくて母親にしか見えない、とかさ……よくある話じゃんか。だからさ……」
シウルには珍しく、しゅん…と萎んで俯いている。
ったく、ガキだなぁ。何も分かってねぇ。
オレは椀を持ち上げて、残りのクッパを掻っ込むと、スッカラの柄でシウルの頭を小突いた。
「痛って!何だよ、ジホ!!」
「バ〜カ、んな訳ねぇだろ、旦那に限って。そりゃ息子は可愛いだろうけどさ。
あれはな、死ぬまでウンスひと筋だって。あ、死んでもかな?」
「あっ、だよな?そうだよな??」
「だよ。ほら、さっさと食え」
シウルは、ぱぁっと笑顔を浮かべて……オレと同様にクッパを掻っ込み始めた。
「アンタ達が何の心配をしてんのよ。あのヨンが子どもが生まれたからって、ウンスを見限るワケないじゃない。そんなね……そんな男だったら、そもそもアタシが惚れるワケないでしょ??」
ウチの白い奴…トッキがいつの間にかやって来て、オレの隣りに、どっかと座った。
「お帰り、トッキャ。どんな様子だった?ウンスは?赤ん坊は??」
マンボ姐がやって来て、トッキに水を出しながら矢継ぎ早だ。
それを一気に飲み干して、トッキは左右に首を振る。
「どうもこうも、屋敷の連中、まだ皆んなバッタバタよ。まともに話も出来ゃしないんだから。ヨンにもウンスにも……ましてや赤ん坊になんて、アタシでも会えなかったわ」
「そらそうだろうね。まぁアンタじゃねぇ」
「まっ!姐さん、酷い」
「いいじゃねぇか。母親も赤ん坊も、元気なら何よりだ。とにかく、めでてぇ!」
……師叔が酒を飲んでる姿は、いつもと変わらねぇ。
ウンスが産気づいたのは今朝…つってもまだ暗いうちの話だ。
お屋敷から知らせを受けた俺たちは、王宮のチェ尚宮様、トギさんとテマン、鉄原のチェ家の所へも…何人かで散り散りに伝令に走った。
伝えに行っては、またあっちへこっちへと……疲れた〜……まぁ、祝い事だからやってられるけどな。
しっかし、あの医仙が……俺たちはウンスって呼んでるけど——子ども産んで、ヨンの旦那が親になるなんてな。
4年前には、想像も出来なかったなぁ。
ウンスに出会ってから、ヨンの旦那はめちゃくちゃ変わった。「昔はやんちゃだったんだよ」て、姐さんは言うけど、オレやシウルが初めて見た時は、もう迂達赤隊長で、泣く子も黙る鬼神で……ちっとも笑わねぇ人だった。
あの頃、ヨンの旦那は、師叔や姐さんから鬼畜王に飼われてる、って毛嫌いされてたから、ウチ(手裏房)にも出入りしてなかったし、めちゃくちゃ怖い人だとしか思ってなかった。
それがさ。何だよ、実はすげぇ頼れるアニキだったじゃん……オレもシウルも、強くなりたかったから、旦那に構って欲しくてさぁ……いろいろやったよなぁ。
ウンスの事だって、オレたち皆んなすぐに好きになった。ちょっと…いや、かなり変わった女だけど、逆にそれくらいの方が旦那には似合いだな、と思ってた。
だから、2人が夫婦になって、赤ん坊が出来て……めちゃめちゃ嬉しかった。
ウンスのお腹がさぁ、膨らんでくのが面白くて嬉しくて……あんまり見すぎて、旦那に怒つかれたこともあったっけ。
トッキの奴はちょっと違ってて、「ウンス、マジで羨ましい。アタシもヨンの子どもが欲しい」なんて言って、旦那を固まらせてたけど。
——子は宝なんだってさ。
どんな親でも、どんな子でも、大事なんだ。
命はひとつしかなくて。かけがえのないもので、存在してること、それだけで尊いんだ、って。
ウンスは医者だから、そう言うのもわかるけど……
——だったら、何で捨てたりするんだよ?
しょせん綺麗事じゃん、って、オレなんかは思っちまったんだけどさ……
でも、ひと月くらい経ってから、赤ん坊を連れて旦那とウンスが店に来て、
「初めまして。うちの宝物よ。皆さんよろしくね」
ウンスがそう言って、赤ん坊をお披露目した時に……思ったんだ。
綺麗事だけど、本当だな、って。
オレだって、今それなりに楽しく生きてられるのは、生まれてきたから……産んでもらったからなんだ。顔も見たことない親だけど。
シウルなんかは、ふた親が死んじまってるし、トッキは…聞いたことない。
手裏房の連中は皆んなワケ有り。寄せ集めだけど、皆んな家族みたいな…そんな感じ。
悪くねぇ。結構気に入ってるんだ。
しかし、赤ん坊って小っちぇえな……
どこ見てんだろ?見えてんのか?
不思議な動きするなぁ。
ひゃあ、柔らけぇな……
おお……オレの指、握ってやがる。力強えぇ〜
「こらっ、お前たち!汚い手で触るんじゃないよッ!手、洗って来な!!
ちょっと、兄さん!酒臭い顔で寄らないでおくれ!しっ、しっ!!」
赤ん坊を取り囲んだオレたちに、姐さんの怒号が飛んで、師叔は追い払われて——
ヨンの旦那もウンスも、もしかしたら赤ん坊も……
皆んな大声で笑って……
なんかいいな、こういうの、って思った。
うん、悪くねぇ。