こんなにも日差しが眩しくなっていたのだな——


大護軍とドチ達を伴い、王宮の庭園をゆっくりと歩く。

大きく息を吸い込んで、じっくりと吐き出してみる……


気分が良い。


ゆっくり見る間もなく花の季節は終わり、新緑を覆う雨もようよう落ち着いて……暑さも感じるが、それでも水面を上がってくる風は爽やかだ。


日々国事に忙殺されてい……いや、君主としては当たり前の事であるのだが……心穏やかに過ごせる時間は多くない。


今日は久々に、チェ・ヨンが護衛に参った。 

迂達赤隊長であった頃もそうそうは無かったが、護軍、大護軍と職位を与え、矢面に立たせてばかり故……こうして共に散策に出るのも、ゆったり過ごすのも久しぶりだ。


もっと己れの身体を厭えと、余も王妃によく叱られるが……この男もそうであろうな。


おそらくは、この高麗で一番声高に。

チェ・ヨンに唯一、ものが言える御人が、今は傍らに居るのだから——



「やはり良いな。たまにはこうして、気安く過ごせるのは良い。そうではないか?」

「はい、王様」

「共に居るのが、余で残念だな」

「……王様」

「ははは、気にするな。余とて同じだ」


かけがえのない伴侶が隣に居れば、更に心安く過ごせるだろう……


そう思うていたら。



「王様」


何とその幸いが、池の向こうから現れたではないか——


「康安殿(カンアンデン)へ参りましたら、こちらだと……  大護軍も居たのだな。

わたくしもご一緒してよろしいでしょうか、王様」


花開くように微笑む妻が愛おしい。


「もちろんだ。其方を呼び寄せたいと、思うていたところであった」

「まぁ、嬉しい事。実は、王様に急ぎお伝えしたい事があったのですが……もうお聞き及びですね。

大護軍。まことにめでたき事。妾も嬉しく思うぞ」


「王妃様……」

「何だ?めでたいとは」

「え?」

「……??!」


余のやや後ろを歩くチェ・ヨンへ、王妃が言葉をかけるのへ——

何事がめでたいのか?と、目を瞬いていると、王妃は余と同じように固まり……後ろに控えるチェ尚宮は瞠目しながら、余の後ろに居るチェ・ヨンへ、唇だけで何やらものを言うている。



「まだご存知なかったのですか?? まぁ……

大護軍、これは何とした事。王様へお伝えしておらぬとは」

「…申し訳ございません、王妃様。


王様……実は申し上げたい事がございます」


チェ・ヨンが、改まって頭を垂れた。



「実は医仙が……妻が、身籠りました」

「……」



ははぁ……成程。

まことはそれを言いとうて、余のところへ参ったのだな。

それが、キム・ヨンの事で言い出せぬまま、余の散策に付き合うている…という訳か。


——水臭いではないか、チェ・ヨン。



「それはまことにめでたい。もっと早う言えば良いものを」

「は…恐れ入ります」

「もしや、我らに気兼ねをしてか?」

「いいえ、」

「そうしてくれ。そのような気遣いは無用ぞ。であろう?王妃」

「はい。医仙にもそう伝えました。もちろん、チェ尚宮にも」


見ればチェ尚宮が、苦虫を潰したような顔を下げて畏まっている。

再びチェ・ヨンへ目を遣ると、同じような顔で俯いたままで……


同調する双方の姿を眺めていると、何やら可笑しくなり……余は、込み上げてくる笑いを堪えて口を開く。



「楽しみであるな。それで?いつ頃生まれるのだ?」


チェ・ヨンを振り返り、当たり前に問うも、今度は「あ…」と言ったきり、顔を上げたまま固まってしまった。



目が泳ぐとは……こういう事か?

まさか聞いておらぬのか?


何も言わぬチェ・ヨンから、チェ尚宮へ目を遣ると、慌てて「ま、まだ雪が残る頃かと…嫁がそう申しておりましたが」と言う。


その場の皆の目線が、チェ・ヨンに集まった。



無敗の軍神が、見た事もない、実に情けない顔をして——


「……懐妊したと……それだけ聞いて、王様をお訪ねしてしまい……」


「……」

「……」


「〜〜〜 この馬鹿たれがっ!」



諫めたチェ尚宮の声は、鳥も囀るのを止める程で。

失礼いたしました。と、2人が身を縮めるのもまた……



余は——その場の者も王妃も——久方ぶりに腹の底から笑うた。