イムジャをテマンに託し、迂達赤兵舎へ戻る途中も——


俺の頭の中は、イムジャの事でいっぱいだった。



大切なのはこれから先の事。

イムジャが心安く過ごせるよう、万事整えたい。


俺自身、いざという時に身動きが取れるよう、まず王様にご報告と嘆願を……王様はきっとお許しくださるだろうが、五月蝿いのは禁軍の奴らか……別に構うものか。


コモにもよくよく目を光らせてもらおう。何しろ王宮での諸事雑事は、チェ尚宮の手の上だからな。


それから、イ・セク……あの男、天の書についてあれこれ尋ねすぎる。イムジャの負担にならぬよう、釘を刺しておかねば。


まずは、ギチョンやスン達に知らせを。俺達が帰るまでに、整えておける事もあるだろう——



そこまで考えて、俺は、はた、と足を止めた。


……道ゆく内官、女官達が、訝しそうな目線を向けてくるが、別に良い。



俺は踵を返して、禁軍の詰所へ向かった。


おそらく、其所にドンジュが居るはずだ。

テマンはイムジャに張り付かせてきた…知らせに走らせる訳には行かないからな。



「あれ?ヒョ…  大護軍! ……どうかされたのですか?」


俺の顔を見るなり、ドンジュは目を瞬かせて

……周りの兵士達も同様だったが……何事かと身構えている。


俺は騒つく連中を片手で制し、顎で人払いをすると、ドンジュに向き直った。


更に何事かと、ドンジュの眉間に皺が寄る。



「生憎、皆さま軍議中で。アン護軍もいらっしゃいませんが」

「ああ、いい。お前に用があって来た。頼まれてくれるか?」

「え、オレですか?何です ………



え? え! えぇ〜っ!! はい、もちろんです、今から行ってきます!あ、チェ尚宮様には……テマンさんが。そうでしたか。承知しました!



…あの……ヒョン。


おめでとうございます」



ドンジュは、満面の笑みでそう言うと、弾む足取りで駆け出て行った。


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ドンジュにチェ家への言伝を頼み、俺はやっと迂達赤兵舎へと戻った。


早く帰りたいが、今日はこの後、隊士達を実力毎に組分けする為の試技があり、その審査をせねばならない……



「大護軍、医仙様と何のお話だったのですか?どうかされたのですか??」


イムジャが急に俺を訪ねて来た事が、気掛かりだったのか…あっという間に、トクマンやチョモ、わらわらと集まってきた隊士達に囲まれ、質問責めにあう。



いずれ知れる事だが、今は話している余裕が無いな……(俺自身に)


そう結論づけ、「大丈夫だ。心配するな」とだけ言うと、俺は、散れ戻れ、と、皆を手で追い払った。


渋々解散する隊士達を溜め息で見送り、目を瞑り額に拳を当て……もう一度大きく息を吐く。



——俺が一番落ち着け。


もう落ち着いたか? いや、まだか……


そうそう落ち着けるものではない。

イムジャと俺の子が……

イムジャの腹に居るのだから。


万事差配したとして……今はお元気な様子のイムジャだが、アン・ジェの奥方のように、いつ差し支えるやも知れぬ。


アン・ジェに聞いておくか?……軍議中だと言っていたな。

やはりここは典医寺で聞くのが正解か。ユン医員を尋ねてみるか——


いや、まずは王様の御前に伺うのが先だ。

そろそろチュンソクも戻るだろう。そもそも、チュンソクが居れば、何も俺が審査せずとも……そうだ——



「トクマナ、チョモャ。審査はチュンソクとお前達に任せる。チュンソクが戻ったらすぐ始めろ」

「え?大護軍は、」

「俺抜きで問題無い。頼んだぞ」

「えぇっ、大護軍、どちらへ??」



戸惑うトクマン達を背に、俺は康安殿(カンアンデン)へ急いだ。