ヨンが固まっている。
こんなに固まるのも珍しい…ていうか、初めて見たかも……
…あ、動いた。
私を見つめたまま、瞬きするだけだったヨンの目が、す、と焦点を合わせた途端、そのまま私のお腹辺りを見つめ、また私の顔へ戻り、再びお腹へ向き……
何度かそれが繰り返された後、ヨンの両手が私の二の腕を掴み、私は左右から、がっちりホールドされた。
「まことですか?」
「うん。さっきユン先生に診てもらったわ」
「赤子を授かっていると?」
「うん——」
「………」
ヨンは、私をひた、と見つめてから——ウロウロとあちこちに目線を飛ばしながら何度も頷いて、後ろのテマンを振り返った。
「テマナ、コモに知らせてくれ」
「イェ!」
そして、弾けるように走って行くテマンから私に目線を戻すと、はぁーーーー…と、大きく息を吐いて項垂れた。
そのまま掴まれている腕に、ぎゅう…と力が込められて……ヨン、と声をかけようとした瞬間、ガバッと上がってきた顔は紅潮していて——
私はヨンに抱きすくめられていた。
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今…確かに「子が出来た」と、イムジャは言った。
俺を見つめる瞳は煌めき、ふわりと薄桃に染まった頬は愛らしく……いつもと変わらぬ美しい俺の妻。
目の前で微笑んでいるその姿は、まさに天女の如く……その妻の口から「出来た」と——
何が出来たのか、などと、随分間抜けな事を問うてしまった。
常日頃、イムジャは色々なものを作っておられる故、(またそれを、晩酌しながら事細かに話してくださるのが常なのだ)
故に、その内の何かが完成したのかと……
違った。
俺達の子が出来たのだ——
事実、イムジャが高麗(ここ)へ戻って来られてより、俺は毎夜のようにこの方を求め(実際は加減も我慢もしたが)、いつ子を授かってもおかしくはなかった。
この方を妻とし、共に暮らし、共に年を重ねていく——
その中で授かろうものなら……俺とイムジャの子であれば、どんなにか愛おしい存在だろう……と、思い描いた事もあった。
“今日から三日は授かりやすい”、“しばらくは授からないと思う”……イムジャは色々とおっしゃったが……俺はどちらでも構わなかった。
子が居ようが居まいが。
イムジャが俺の妻で、俺が妻を愛する事に変わりはないのだから。
“ヨンは子ども好きなの?”
以前イムジャにそう問われた。
嫌い、ではない。が、特に好きでもない。
俺達の将来を見据えての問い……それへ俺は、思うままを返し、加えて、俺達の子であれば何人いても構わない、と伝えた。
『己れの子は可愛いぞ。目に入れても痛くない、などというが……あれはまことやも知れぬ』
随分と前に、垂れ切った顔のアン・ジェから聞いた事がある。
きっとそうなのだろう。
己れの子はさぞや……しかもその子は、唯一愛しい女人(ひと)と成した子なのだ。
ただ、4年…決して短くはない年月、イムジャを待ち続けた俺は、アン・ジェとは少々違うのかもしれない。
それはいざ、我が子を授かったと聞いても——すぐ喜びに湧いたか、といえば、そうではなかったからだ。
喜ぶ前に、戸惑ってしまったからだ。
イムジャの居ない4年の間。
イムジャさえ側に居てくれれば、他には何も要らぬ……俺はそう思って待ち続けてきた。
子を成すなどは二の次三の次……俺の望みは、ただイムジャだけだった。
それが、だ。
多くの命を奪ってきた…これからも奪うであろうこんな俺に、全てを置いて戻って来てくれた…イムジャを得ただけでも、この上ないと思っていたのに。
まことに子まで授かるとは——
身に余る程の幸い故に……戸惑い、すぐには受け止めきれず、出来たと聞いても、それと理解も出来なかった……
しかし、武人としては仕方ないとしても、夫としては何とも情け無い。
このような慶事に、喜び溢れるイムジャと比べて、俺の感情の乏しさといったら……イムジャをがっかりさせはしなかっただろうか。
そう思うも、やはり満足な言葉は出てこず、身体が先に動いて。
己が胸に、愛しいその身を抱きしめた時……湧いてきた気持ちの、一番近い感情は…感謝だった。
それは、イムジャに。天に。おそらく何もかもに。
命が有るとは……何と有り難い、幸せな事だろうか——と。