医仙がヨンの元へ戻って来てくれて、婚儀も無事に終わり……度を越す程、仲睦まじい姿を目にしてきた故、じきに良い知らせを聞けるだろう……とは、思っていた。


いたが、まさかこのように早くとは……


私は、つい緩んでしまう己れの顔を、何とか戻す、また緩む、を繰り返していた。



あの日、いち早く知らせを持ってきたテマンに、思わず少々の駄賃を握らせ、私は小躍りする勢いで王妃様のもとへ向かうも……すぐにその足を止めた。


懐妊したのは、うちの嫁だけなのだ——


王妃様とウンスが、共に“妊活”とやらを始めたのはこの春の事。

王妃様は、ウンスが先に功を奏した事に、憤るような御方ではないが……


何やら申し訳無いような、気後れするような心持ちがして、足を止めてしまった。



当初はウンスが、王妃様のお身体について、あまりにも赤裸々に尋ねる故、流石に無礼ではないか、と、驚き諌めようとしたものだったが……いやはや、うちの嫁は、畏れ多くも王様よりその名を賜った“医仙”であったと思い直し……


落ち着いて話を聞いてみると、子を産んだ事のない私でも得心するような、日々の食事や過ごし方、天の知識に基づく懐妊の仕組みなど……ひと通り聞かれた王妃様も、ウンスへ大きく頷かれ、


「わたくし、光が見えた気がいたします、医仙」

「はい!王妃様、一緒に頑張りましょう!アジャ!!」


終いには、私まで拳を握る不思議な格好をしていた。



婚儀を終えてからのウンスは、3日に一度は典医寺へ出仕し、王妃様の元へも欠かさず顔を出して、あれこれお話し相手を勤めつつ、妊活の指導を続けていた。


したがある時、私の部屋で2人きりになると、ウンスは声を潜めて、叔母様、と口を開いた。


「そもそも、王妃様はお身体が丈夫なほうではありません。その上、あのクソ野…徳興君のせいで御子が流れてしまったでしょう。あの時飲まされた薬の影響も実は心配なんです。でも、王妃様はまだお若いし、月のものも…少し不順ではあるけれど、十分チャンスはあると思うんです!

そこでですね……やはり、一番問題というか、重要ポイントはですね——」


最後は私の耳元で、王様のお渡りです。と、小声ながら、きっぱりと言った。


そして、私から顔を離したウンスは、鼻息荒く続けて、


「王様がご政務でお忙しいのは分かります。占いで、いい日悪い日もあるんでしょう?でもね、この際、占いよりも私を信じてもらえないかしら。王妃様ご自身が、やれる事をやって頑張っているのに、肝腎の種…王様にも頑張っていただかないと、出来るものも出来ませんから、」

「これ、ウンス!」


流石に口を挟んで止めたが——


確かに、嫁の言う通りだ。

それは王妃様も、もちろん王様も分かっておいでなのだが……

もともと仲睦まじいお2人の事、以前にも増して共にお過ごしとはいえ……それでも、甥夫婦のようにはゆくまい。


全く…彼奴らの暮らしぶりなど、見ておらずとも分かるわ。まぁ、もう今更、どう噂が立っても良いのだがな——



あれこれと思い巡らせたが、ウンスの懐妊を黙っておる訳にもいかず……恐縮しつつ王妃様へご報告すると、即座に王妃様が「王様をお訪ねする」と、勢いよくお立ちになった。


「今からでございますか?」


驚いて固まりかけた私に、


「慶事は早いほうが良い。王様もお喜びになられるであろう。参るぞ」

「は…恐れ入ります……」


王妃様が花の笑顔を向けてくださるも……私が頭を下げたまま動けずにいると、今度は大きく溜め息を吐かれ——


「チェ尚宮。もう少し嬉しそうな顔をせよ。わたくしの前だとて遠慮せずともよい。医仙の懐妊は、わたくしも嬉しい」


思わず顔を上げると…もともとお美しいが…目の前に、大輪の牡丹のような笑顔があった。



その後は、畏れ多い事に王様からも「まことにめでたい。楽しみであるな」と、お声をかけていただいた。


そして、王様が「我々も負けてはおられぬな」と、隣の王妃様へ微笑まれ、王妃様も頬を染めて「はい」とお答えになっているのを見……


お側に控えるアン内官が、三日月のように弓なった目でお2人を見つめ…その破顔したまま、私へも何度も頷いてくれたものだった。



王宮で顔を合わせる皆も、マンボ舎兄(サヒョン)達でさえ、両手(もろて)を上げて祝いの言葉をかけてくれる。


まだ産まれてもおらぬというに……何とも有り難い。彼奴らも幸せな事だ。


そして、空を見上げるたび思う——


兄上。義姉上。

初孫でございますよ。

無事産まれるよう、どうかお守りくださいませ。


そう胸の内で願いながら、私は口元を引き結んだ。