おれ、耳がいいんだ。


お前の特技だな、自慢していいぞ、って、言われたこともある。

そっか。役に立つ耳かぁ。そりゃあいいや。


だけど今…うーん、今だけじゃなくて、医仙の護衛に付くようになってから、しょっちゅう……この耳が、こそばゆい事が多くて。

嬉しいんだけど、困る事が増えた、っていう——


御者として馬車に乗ると、医仙ひとりの時は、天界語混じりの、訳の分からない独り言が聞こえてくる。(医仙の独り言はデカいんだ…)

大護軍と2人の時は、お幸せそうな、穏やかな会話と雰囲気が伝わってくる。ただ…それだけで済まない事が多いから、困る。


今日もだ。しかも、馬車を出してすぐだもんな……あーあ。


もうちょっと、我慢とか、出来そうなもんだけど。

おれなんか、同じ事したら、トギにぶっ飛ばされる……



『到着前に、もうすぐ着きます、と、さりげなくお知らせしておくれ。何かしら具合が悪いといけないからね』


スンアジュンマに、以前からそう言われてるけど……


今日の場合は、いつ言えば良かったんだろ??

馬車に乗る前に言うべきだったのか?


いや、そもそも、大護軍は知ってるはずなのに。

アン護軍のお屋敷から王宮までは、近いからすぐに着くって。



で、ほんとにすぐ着いたからさ——


「……あの〜……   つ、着きました」



おれが声をかけた途端、馬車の中が急に、しん…として——


それから、すぐに何かざわざわし始めて……



「ヨン、先に行って。出仕の時間でしょ」

「典医寺へ行くのでは?共に参りましょう」

「いいから先に……あ、待って、まだ紅が付いてる……じっとして」

「……面倒ですね。ですから、イムジャは化粧などせずとも、」

「はいはい、綺麗よね〜……いいわ、取れた」

「イムジャは?」

「お化粧直してから行くわ。トギにヒジンさんの事をお願いしたらすぐに帰るから。テマンが一緒だから大丈夫よ」



……それはもちろん。医仙にはおれがついてますから、大丈夫です、大護軍。


おれは、聞こえてきた会話に、ウンウンと頷きながら…お2人がアツアツなのは良いことだよな、と思い至って…「開けますよ」と声をかけてから、馬車の扉を開いた。


大護軍は、じろっと、おれの顔を見ると大きな溜め息を吐き(何でだ⁇)、

それから、振り返って医仙を見たけど、急いで顔をいじっている医仙に「早く行って」と、手で払われて……

もう一度おれを見て、「頼んだぞ」と言い残すと、王宮の門を潜っていった。


気づいた兵士たちが、立ち止まってお辞儀をする中を、颯爽と歩いていく大護軍。その背中……


かっこいいな……


あんなにかっこいいのに……医仙の前だとほんと…うん。みんな知らないだろうけど。


ま、いっか。



「お待たせ、テマナ。行きましょ」


綺麗に塗り直した顔で、にっこり笑いながら、医仙が馬車から下りてきた。


おれは馬車を王宮の廏舎へ預けて、医仙に付いて典医寺へと向かった。


すれ違う女官や宦官が、足を止めてお辞儀する。それへ医仙は、笑顔で会釈を返しながら歩いて行く。


おれは医仙のすぐ後ろにいるから、そいつらの様子がよく見えるし、医仙には聞こえない女官たちのヒソヒソ話もよく聞こえる。(おれ、耳がいいから)



——いつ見てもお綺麗よね、医仙様。

——大護軍様とご結婚なさってから、ますます綺麗になられたと思わない?

——羨ましいわ。大護軍様が旦那様なんて。

——大護軍様も更に男振りが上がられたわよね!

——素敵なご夫婦だわ。うっとりしちゃう……



そうなんだよな……


4年も待って、やっと夫婦になられたんだ。


お2人とも、互いが好きで好きでしょうがないから……だから、暇さえあればいちゃついてるだけなんだ。


——だよな。そうなるよな。


お2人の幸せな姿は、おれだって待ち望んでたんだ。4年前から、ずっと。


良かった。本当に、良かった……



「……良かったです」

「え?何が?」


溢れたおれの呟きに、前を歩いてた医仙が振り返る。


上手く言葉に出来なくて、「…いろいろです」と返したおれを、医仙が不思議そうに見つめていた。