今のアン家の客間には、ちょっと不思議な光景が広がっていた。
アン家の2人の子どもと、友人夫婦であるヨンと私。
家族ではない4人が、一見まるで家族のように、和気藹々とお茶とお菓子を楽しんでいるのだから。
途中、女中さんが来てくれて、お茶を入れ替えたり、子ども達の世話をしてくれたりしたけど、当の主人夫婦は、まだ寝室から戻って来ていなかった。
——いいんだけど。そう仕向けたのは私なんだから。
ミンジュもウクも可愛いし、お茶もお菓子も美味しいし。
ここを出たらヨンは出仕だから、それまで少しでも一緒にいられるし。
アン・ジェさんとヒジンさん、2人でいろいろ話し合っておいたほうがいいんだもの……
でも、ちょっと……気持ちがザワザワして落ち着かない。
私の頬…赤くない?ずっとほこほこしてるんだけど。
誰のせいなのよ。全くもう……
私はチラ、と隣に座っているヨンに目を遣った。
時折お茶を啜りながら(ヨンはあんまりお菓子を食べない)、子ども達に優しい眼差しを向けているヨン。
ミンジュはきっとイケメン好きね……ニコニコ顔で、「ヨンおじ様」と話しかけていて、
ヨンはそれに相槌ちを打ちながら、じゃれついてくるウクを、膝に乗せたりなんかして。
ヨンは子ども好きなの?と、聞いた事があった。
まだ婚礼を挙げる前…避妊を始めた頃だ。
ヨンはしばらく考えて、「おそらく、嫌いではないです」と、微妙な返事をした。
「おそらくって…何それ」
「考えた事が無かったので。それで、考えてみたのですが……別に好きでも嫌いでもないな、と。であれば、嫌いではないのでしょう」
「慶昌君様とは仲良しだったじゃない」
「慶昌君様は主君です。好き嫌いではなく」
「でも、子どもは欲しいでしょ?」
「貴女と俺の子なら何人でも。己れの子は可愛いと聞いています。アン・ジェに自慢された事がありますから」
……なーんて言って、他人の子は別に好きでも嫌いでもなかった人が。
優しい目で見ちゃって……ふふふ。
そんな事を思いながら、ミンジュ達の相手をしているヨンを、じ…と見つめていると——
不意に飛んでくるのよ。流し目と微笑みが。
すぐにまた、ヨンの視線は子ども達へ戻っていくんだけど……もう、私の胸はドキドキしっぱなし、頬の熱は上がりっぱなし。
終いには、壁際に立っている女中さんとも目が合って、私は照れ隠しに笑って誤魔化していた。
俺の妻は貴女だけ……アツ〜い告白を受けてからの不意打ちの連打。
こんなにキュンキュンさせられて。
私だってヨンが大好きなのに……
なのに、2人きりになれないんだもの。
アン・ジェさん夫婦に話し合って欲しくて、ミンジュとウクを連れ出したのは良かったと思うけど、ヨンの告白のせいで、自分の首を絞めるような事態になっちゃったわ。
せめてハグくらいしたいと思うのに……子ども達の前だし、女中さんもいるし。
だからって、勝手に帰るわけにもいかないし……
待って。何だか私、盛りのついた猫みたいじゃない?
ヨンに出会うまで、こんな事なんて無かった。
いい年をして男に夢中になるなんて、なんだか恥ずかしい……
あ…でも、いいのか。結婚したんだもの。
旦那様に夢中♡なんて、幸せな話よね。
しかも、私だけじゃないわ。ヨンだって私にむ、
「——医仙様。お顔が赤いです。お熱があるのでは?」
え?、と顔を向けると、ミンジュが眉根を下げて、私を見上げていた。
「だ、大丈夫よ、ミンジュャ」
「ですが……お待ちください。父と母を呼んでまいります」
「いいの、本当に大丈夫よ」
すると、目の前に、すっ、と現れたヨンの手が、私のおでこに当てられた。
「……熱は無い。医仙は大丈夫だ、ミンジュャ。心配いらん」
「本当ですか?おじ様」
「ああ」
「良かった。赤いお顔で何かおっしゃっていたので、心配しました」
「え、ヤダ、何か言ってた?私」
「大丈夫です。俺にしか聞こえていません」
「、ヨンっ」
「?」
ミンジュが小首を傾げた所へ、アン・ジェさんが戻って来た。
ウクとミンジュが嬉しそうに、早速その両手を握りしめに行く。
「ヒジンは休んでいます。失礼をして申し訳ない」
「いいえ構いません。アン・ジェさん、あの…聞いてもらいました?」
「はい。ヨンから…しかと」
「後で薬を届けますね。また様子を見に来させてもらいます」
「それは有り難い。よろしく頼みます、医仙」
「では、そろそろお暇しましょう、イムジャ」
ヨンが私を促し、アン・ジェさんに目配せをして立ち上がった。
頷いたアン・ジェさんが、子ども達と一緒に門の外まで見送りに出てくれる。
馬車に乗り込んだ私達に、子ども達は手を振り、アン・ジェさんは会釈をしてくれた。
「また来ます」
そう言って同じように返した私は……馬車の小窓を閉めると、すぐさまヨンの隣に引っ付いて、思いきりハグをした。