次の私の休みの日、ヨンは約束通り半休を取って、アン・ジェさんのお屋敷へ連れて行ってくれた。 


代々アン家は武人、チェ家は文人の家柄だとか……それでもお父様同士は仲良しだったから、当然アン・ジェさんとヨンも——


「別に、普通でした。共に書堂に通い、剣術の稽古もして」


……そういうのを幼馴染って言うのよ、ヨンァ。


「へぇ。じゃあ、2人で庭の銀杏の木に登って、ギチョンに怒られたりしたの?」

「……何故貴女がそれを……」

「ヤダ、本当に? あはははっ!」


ソニから聞いた昔話を膨らませてみたら、図星だったみたいで——

想像した私はツボに入って、しばらく笑い転げていた。



アン・ジェさんのお屋敷は、チェ家(ウチ)よりずっと王宮に近くて、街にも近い。

キ・チョルの屋敷と比べると……いやいや、あそこと比べちゃ駄目ね、あれはやり過ぎ。

多分、凄く大きくはないんだろうけど、それでも立派な門構えの、重厚なお屋敷だった。


「医仙…いや、奥方。忙しいのによく来てくださった。礼を言います」

「そんな、やめてください」


出迎えてくれたアン・ジェさんが、頭を下げてくれるのへ私が恐縮していると、隣に立つヨンが、

「こんな礼儀正しい奴だったとは…」と、ボソリと呟く。


アン・ジェさんの隣の…少し後ろで控えるようにしていらっしゃるのが奥様ね。


色白で線の細い……その両脇には、握りしめた母のチマから覗くように見ている男の子と、しっかりお辞儀をしてくれているお姉ちゃん……2人の子持ち…ううん、3人目がお腹にいるようには見えない、華奢で可愛らしい方だわ。


「ようこそお出でくださいました。大護軍様、医仙様」

「初めまして奥様。ユ・ウンスと申します。体調はいかがですか?」

「恐れ入ります。夫が大袈裟な事を申し上げたようで……大丈夫でございます」

「何を言うのだ、ヒジナ……医仙、今日はこのようにしておりますが、伏せっている日が多いのです。故に、」

「——ご心配ですよね。ねぇ、奥様。ご主人の気持ちを汲んであげてください。アン・ジェさんは奥様の事が、大事で大事で仕方ないんです」


「え…」

「う、…」

「イムジャ…」


大人達が三人三様に固まっていると、


「だいじー だいじ〜、だーいじー!」

「ウクったら、しぃっ」

「あっぱ、おんま、ねぇね、だいじ〜」


ウクと呼ばれた男の子が、それぞれを指差しながら、きゃっきゃと笑うのを、お姉ちゃんが鎮めようと懐に抱き抱えた。

その2人を、奥様が更に抱き込むようにして「お客様の前ですよ」と、優しく諌めるのがまた……はあぁ。


尊い……天使……


アン・ジェさんが、とにかく中へ、と勧めてくれるまで、私は口を覆って、恍惚とその光景に魅入っていた。



客間に通されて椅子を勧められたけど、「まずは診察させてください。行きましょ、奥様」


奥様……ヒジンさんが、もてなしの準備に行こうとするのを遮り、私は男性陣に目配せをして、ヒジンさんの手を引いて奥の部屋へと進んだ。


「医仙様、あの、」

「ウンスと呼んでください。勝手に寝室に入ってごめんなさいね」


戸惑うヒジンさんを寝台に座らせ、私は近くの椅子を引っ張ってきて腰を据える。

すぐ側で天使達……ミンジュとウクが、心配そうに黙って見守ってくれている。

(静かにしてくれて…2人ともお利口さんね)


私は目を閉じて、じっ…とヒジンさんの脈を診た。


——うん。滑脈が出てる。でも、少し乱れる所があるわね。不整脈かも……


改めて顔色を診、触診も終えて、問診を続ける。


「起き上がれない日もあるそうですね。悪阻はだいぶキツいですか?食欲は?」

「食欲はあまり……食べても吐いてしまって。でも、この子達の時も三月(みつき)程で収まりました。病ではありませんから大丈夫ですわ」

「もちろん妊娠は病気じゃないわ。でも、そこから他の病気になる事もあるんです。身体は普通の状態ではないので、無理は禁物ですよ」

「はい……」

「少し脈が乱れています。心臓に負担をかけ過ぎないように。起き上がれない時は寝ててください。今は無理せず食べたいものを食べて。でも、頑張って水分は摂ってくださいね」


後でトギにサプリを調合してもらおう……

そう思っていると、傍に立っていたミンジュが、医仙様、と、か細い声を絞り出した。


「オンマは…大丈夫ですか?」

「もちろん。大丈夫よ」


それでもミンジュが、私の顔を潤んだ目で見つめるものだから、


「オンマは大丈夫よ、ミンジュャ。でも心配よね。貴女が一番近くで見てるんだもの」


女同士だしね。

私はミンジュの頭を撫でながら続けた。


「オンマのお腹に貴女達の弟妹がいるの。今はまだ小さくて、大きくなろうと頑張ってる所よ。きっと早くお姉ちゃん達に会いたいと思ってるわ。それまでオンマは2人分だから大変よ。でも、ミンジュとウクなら、オンマを支えてあげられるわ。傍にいて励ましてあげてね。私もまた様子を見に来るから」

「はい、医仙様」


しっかり頷いて答えるミンジュと、ヒジンさんの膝にべったり張りつきながら、私をじっと見つめて微笑むウク。


本当に可愛いわ……

また、キュンとしながら口元を緩めていると、


「医仙様は幼子がお好きなのですね」


ヒジンさんが目を細めて微笑むのへ、私は、え?と固まった。


子どもが好き? ………



「あはは…そうみたいですね」


私が人ごとのように笑うと、顔に?を浮かべて、ヒジンさんがポカン、とこちらを見つめた。


「実は……以前はそんなに好きじゃなかったの。興味が無かった、って言ったほうが正しいかしら。仕事に夢中…ていうか必死で。子どもなんて眼中に無かったわ。でも今は、他人(よそ)の子を見ても可愛いの。自分の…あの人の子どもなら、どんなに可愛いだろう、って」


まだ出来てもいないんだけどね。と、また笑うと、


「可愛いですよ、自分の子は。本当に…可愛いです」


掌中の珠達を慈しみながら微笑むヒジンさんは、聖母マリア様…弥勒菩薩様もかくや…に思えた。